ローカル情報機関による少数者のための有益な情報 2002・8・30
人は自らを中心に物事を考える。住んでいる地域のさまざまな事柄についても、こだわりをもつが、それも、あくまで自己中心的な視点からだ。
そうすることでしか、自己の存在を確認し続けることができない。生きているということはそういうことなのだ。
いかに、グローバル化が進んで、人の生きている舞台が地球規模の広がりをもったとしても、むしろ、そのようになればなるほど、自らの存立基盤が家族や生まれ育った地域とのかかわりに意外と大きく依存していることを意識することになる。
もっとも、現代社会では、自己の所属している地域という概念を持たない人々も増え、特に大都市では、移動が激しく、地域との関わりを持ち得ない人々が増える傾向にあるようだが。
ところで、これだけ情報が氾濫している時代。自らの仕事、自らの趣味に必要な情報、自らの好奇心をそそる情報がどこにあるのか、積極的に求めなくとも、適度に入手できる時代にあえて、それぞれがインターネットで、情報受発信している姿はいったいなんなのだろうか。
一瞬にして地域性を超越してしまい、「価値」という共通項をベースに、情報を求め、情報を発信する。それだけ、自らの住んでいる地域、育った環境などへの思いだけでは解決しない知的な欲求が増大しているとも言える。
ある意味では、人間の存在の基本と、知的な欲求を満たすという価値とが、どこかで切り離されてしまっている。これからの人は、遥かに幅広い視点で物事を考え、バランスを取っていかなければならないことになる。
特に地方で暮らしていると、地域の人びととのかかわりのウエートが大きく、一方で、全国的、世界的なものの動きにもある程度、関心を持ち続けていかなければ、事業と生活の両立がおぼつかない。周囲に情報をもつ人々が少なくなればなるほど、勢い、インターネットの便利さを活用しながら、なおかつ自らの感覚を総動員して、現実の動きも確認し続けていかなければならない。
その意味で、ホームページで、日本海(この言葉も変えるどうとか喧しいが)に面した新潟県の中央部、県央東部地域の政治、経済、文化などの情報を提供していくものの、それを求めている人が、どの程度存在しているのだろうかと、懐疑的にもなる。
ホームページはeメールのような押し付けがましさがないし、情報を知りたい人が、積極的にアクセスしなければ必要な情報に行き着けないのだから、それはそれでよいことだとも考える。
それだけに、速報性よりも、できるだけ時間を経過しても鮮度の落ちない質の情報を選んで掲載している。
一方で、事件、事故や、為替、株式のように瞬時に知りたい情報もあるが、この地方に全国、世界の人々が瞬時に知りたい情報がそうあるはずがない。この実験は、あくまでも越後ジャーナル社というローカル情報機関による、広域的だが、少数者にとって有益なホームページということになる。
飛鳥・藤原京展と古代エジプト展を見る 2002・8・19
ローカル紙は、お盆休みも十分に取れないが、首都圏へのUターンラッシュの始まる前にと、16日、関越自動車道で2時間余りかけて東京都内へ。思惑通り、都内は人も車もガラガラ空いていた。
目的は、上野の東京都美術館で開かれている飛鳥・藤原京展と、墨田区横綱一、江戸東京博物館で開かれている「古代エジプト展」。
もちろん、17日付け朝刊各紙で発表のあった「金銅製四環壷」(奈良県橿原市・古宮遺跡出土・三の丸尚蔵館所蔵)に、4羽の鳳凰が線刻されていることなど知らなかったし、知っていても肉眼では確認できなかったが。
以前、奈良に旅したおりに見てきた飛鳥・藤原京時代に都のあった時代の遺跡出土品の印象が深かったし、いかに小生ドライブ好きでも、なかなか、しばしば奈良まで足を運んでおれないから、この機会を逃がすまいと前売券を買って、この日の来るのを待っていた。
東京であれば、日帰りで十分だし、予想される暑さも恐れず?出向いたのだ。
開館と同時に入館できたこともあって、ゆったりとした場内で、金銅仏の菩薩立像(法隆寺蔵)や、無紋銀銭などの重文、国宝や、美しいガラス工房跡出土の色とりどりのガラス玉、あるいは考古学にでも関心がなければ興味がわきそうもない軒丸瓦や土器などを眺めた。
藤原京の模型を上部から眺め、改めて、七世紀には、日本でもすでに、整然と築かれた都市が誕生していたことを痛感させられた。都がこれだけ整備できた時代、たとえ地方であっても、その技術が伝播されて、開発が進んでいたことは当然と思えた。
逆に言えば、これだけの都を造営するには、地方の開発、発展がなければなしえないことでもあったはず。技術を地方に移すことで、荒野の開墾を促進し、租税の根幹でもあった米の生産をアップする必要があった。米以外の生産物も都に集められた。
巨大化する中央集権国家、大和朝廷の栄華の陰に、権力の支配下に置かれ、自由を束縛されながらも、逆に様々な技術の伝授という恩恵を被った地方の村々があった。
越後の蒲原平野に立って、同時代の風景をリアルに想像するには資料が少ない。この時代、日本海に面した蒲原平野の遺跡の研究は、まだこれからだ。
江戸東京博物館での古代エジプト展に移動。タイムカプセルに乗って、時代は一気に遡り、紀元前2000年代から始まる。日本の縄文時代だ。
展示されているのは、ドイツ・ヒルデスハイム博物館の所蔵品の一部で、ヨーロッパ諸国が、古代エジプト遺跡の発掘を競い、主に金銀、玉、石像などの遺物のコレクションに夢中になっていた時代の収集品。
かつて新潟市などで開かれた国立カイロ博物館所蔵品の一部を展示した「古代エジプト文明展」に比べて、迫力が感じられなかった。
7月20日から始まっており、会期半ばなのだが、それでも会場は、夏休みを利用しての親子連れの見学客が多かった。入り口付近の混雑がとくにひどく、見学の列に並んでじっくり見ていたら、何時間かかるかわからない。要領よく、奥から先に見学して、入り口付近に戻り、行列の間隙を縫って、頭越しに見る程度。
石英の粉末を固めて、釉薬を掛け、焼き上げたファイアンスの装飾品。死者の身の上に置かれたりしたというファイアンス製のアミュレットの青などが特に印象深かった。
短いお盆休みだったが、再び、充実した気持ちで、仕事に向かうことができる。
特色あるホームページを目指したい
当ホームページを立ち上げて2週間余り。
本紙「越後ジャーナル」やタウン紙「PALGE(ぱるじぇ)」に掲載された内容を販売・配布エリア外の人たちに目を通していただければと始めたサービス。
当初から承知のことだが、まだ、販売・配布エリア外の人たちに、当ホームページの存在や内容を知っていただくには、開設からの期間も短く、リンクなどの課題もあって、読者獲得には時間を要しそうだ。
むしろ、現在のところ、本紙の読者などに、どのような内容かチェックを入れていただいているという感じ。最初の立ち上げ時点で、何人かの読者から、早速、ホームページ画面上の欠点などをご指摘頂き、直ちに改善した。
本紙ならびにPALGEは、県央地域の人が対象だし、eメールの「Echigo
j News」は、定期広告主など特定の希望者に配信しているだけなので、読者はある程度、想定できる。
しかし、当ホームページは、全国のどの地域の人たちの目に触れているのかわからない。
「Echigo j News」でも、経験済みだが、情報というのは、発信する側は懸命でも、受け手の反応はなかなか表に出てこないもの。
まだ、アクセス数が260程度ではなおのこと、掲載内容についての「ご意見、ご感想欄」へのメッセージは少ない。
新潟県県央地域でも、すでに、多くの経営者が、商品の販売戦略の一環として、あるいは、より趣味性の強い内容で、ホームページを立ち上げ、掲示板などで、意見交換して成果を上げている。
頂いたメールに対しては、できるだけ、即座に返信を送るのが礼儀だが、弊社ではその体制が整っておらず、小生が、そのつど返信を出している。
ところで、いま、地方のニュースで面白いのは、9月1日投開票が行なわれる長野県知事選。ホームページで、集中的にこの方面の情報を検索してみたが、対立候補が続々名乗りをあげているのに、依然、辞職、再出馬の田中康夫前県知事の人気が60%を超えているのが注目される。特に、不信任決議案を採択した県議会に対する風当たりが強い。
このように木目細かい情報は、中央紙の全国版だけでは知り得ない。ホームページのありがたさだ。
弊社のホームページは、産業面のニュースが主体で、大衆性は期待できないが、やがて、地味でも、なにか、特性のある内容にしていく努力が必要だろう。
(社主・池野芳男の独り言 2002・8・13)

ごあいさつ
弊紙は、新潟県の中央部に位置する三条市、燕市、栄町、下田村の2市1町1村を販売エリアに持つローカル紙です。昭和53(西暦1978)年3月の創刊で、来年満25年の節目の年を迎えます。
本紙「越後ジャーナル」は、毎週火曜日から土曜日までの5日間発行で、地域の政治、経済、文化などの新鮮な情報を、通常はタブロイド版4ページだてのコンパクトな紙面にまとめて提供、地域の人びとに愛読されています。
加えて、タウン紙の月刊「PALGE(ぱるじぇ)」と、週刊紙の「越後ジャーナル加茂・田上版」を発行しております。
このたび、ホームページを開設したのは、情報化の進展で、市民生活が、限られた地域のみでは成り立たず、特に、地域産業の発展にともない、国内はもとより、世界に、広く情報を発信する時代に入ったからです。
三条市は、「金物の町」として全国に知られるように、石油ストーブ、クーラー、園芸用品、ホビー用品、アウトドア用品などをはじめ、自動車部品、モノづくりの基本になる金型の加工など、金属製品からプラスチック、木製品などまで幅広い産業を擁しています。
燕市、吉田町は、洋食器、器物などテーブルウエアを生産していることで広く世界に知られ、チタンのゴルフヘッドや、ビールなどを冷却する用品、魔法瓶、あるいはチタン製のパソコンのパッケージなど、さまざまな金属加工技術の集積地として知られています。
こうした産業界を支える経営者の姿を、全国に広く伝えるとともに、さまざまな地域の情報をホームページで公開することで、平素は、情報交換の機会のなかった人びと、企業との情報交換が活発化することを願っております。
もちろん、当地を訪ねてみたいという方がたのために、県央地域の観光や行事などもそのつどお伝え致します。
毎月1回の更新ですが、新潟県の県央地域の政治、経済、文化に興味のある方がたが、より多く、当ホームページを訪ねられますよう願っております。ご愛読下さい。
2002年8月
社主 池野芳男

