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越後ジャーナル
パルジェ
合併に踏み出せ 最も事情知っている首長、議員
2003・1・24
新潟県が、県民に向けて、国、県の合併の考え方を明らかにするため、小池清彦加茂市長の合併反対論に対する反論ともいえる内容を県民だよりに掲載して全県に配布するという1月10日付新潟日報朝刊の報道は、合併問題に関心を持つ県民の注目を集めている。
全国的に合併推進の機運が高まり、表向きの議論はともかく、市長の職、議員の職を失いたくないというような、低レベルだが、当事者にとっては実に現実的な問題で、合併に反対している市町村長、議員に対して、国民の鋭い目が向けられ始めている。
合併反対の論調を聞いていると、よく分かるのだが、日本の国が、国政も、県政も、そして市町村の行政も、税収が比較的順調に入り、税収が伸び悩んでも、不況対策だと言って、国債を増額して、不必要と思えるような建築物までどんどん建ててきた付けが今日の抜き差しならない事態を招いているのに、まだ、これまでの延長線上の行政を続けようという意見だ。
合併しないのであれば、厳しい財政事情のなかで、何の経費を減らすのか。また、現在の税収の減る分を増税で賄うのか。起債の償還(借金の返済)のために起債する。あとは、職員給与と現行制度を維持するための経費などで消え、事業費が残らないような財政運営で、今後20年近く続く、少子高齢化の厳しい時代を切りぬけて行くことができるのか。
親方日の丸の従来の考え方を改めて、少子高齢化社会に相応しく、多少の痛みを伴っても、質素に暮らしながら、心の豊かさを身につける工夫が必要だろう。贅沢の限りを尽くしながら、老後を高齢者福祉だといって、わがままに暮らすのでは、子供を産み育てるために、最もお金が必要な世代はたまったものではないだろう。
賢くなった現代っ子は、現在の歪んだ社会の仕組みのなかで、結婚を嫌い、子供を産み育てることを避けている。少子化の現実は、現代っ子が、人間としての生命力を失ったのではなく、氾濫する情報のなかで、結婚生活を維持することも、ましてや子供を産み育てることの困難さも理解しているからだろう。
これまでの、国や地方自治体の行政の行き過ぎを改めながら、徐々に、車社会、情報社会のなかで、合理化できるものは合理化して、負担を軽減し、地域住民に最も必要で、急がれる政策から実施していく。
そのためにも、小規模で、国の地方交付税を他地域より、極端に多く受けなければならないような地方自治体は、現在の行政システムを根本から考え直し、住民、企業が活力を取り戻し、国民、世界の人々に役立つことのできる仕事を生み出し、実行していくしかない。
合併し、広い生活エリアの中でこそ、自らが社会に貢献できる仕事も見出しやすくなるだろう。小さなコミュニティにしがみついて、従来通りの暮らしを維持し、行政サービスを受けられるはずがない。
新聞社という仕事柄、行政エリアを越えて仕事をしているし、わずか十数人のスタッフをみても、三条市、燕市、加茂市、そして、栄町、田上町、中之島町などまさに県央広域圏から通ってきている。
合併しない現在でも、広域的な情報を身に付けなければならなかったし、広いコミュニティが極めて便利である。行政サービスなどは、それ以上に広域化したほうが便利に決まっている。
それぞれの住民感情の処理、あるいは、文化は、市町村の合併ほどには簡単ではないし、それはそれで残してもいいのではないか。いまでも、それぞれの集落の神社では村祭りが行なわれている。一時ほどの賑わいはなくなっても、長い間、神社が地域コミュニティに果たしてきた役割は大きい。
何はともあれ、ここまできて、合併推進にひるむ必要もないし、住民以上に行政の実態を知っているはずの市町村長、議員は、住民が合併反対と言っても、それを説得して推進するべきでないだろうか。各市町村とも正念場を迎えているのだから。
合併の道誤らないように 気になる燕市議会の動向
2003・1・17
いよいよ、新潟県県央地域の合併問題も、正念場を迎えた。政府・与党が、「市町村合併促進を目的に、小規模自治体への優遇措置廃止など地方交付税制度を見直す方向で検討に入った」という昨年暮れのニュースは、合併に消極的な市町村に大きな衝撃を与えた。
地方交付税約19兆5000億円(2002年度)の3分の1以上を国からの借入金で賄っており、財政再建のためにも見直しが必要だと判断。地方自治体の反発も必至と見たうえでの判断だ。
地方交付税制度は、都市と地方の税収の偏りを調整するため、国が地方に国税の一部などを分配する仕組み。今回の見直しでは、小規模自治体に手厚く配分する「段階補正」をなくす案が有力だ。
交付税の算定基準のうち、消防や議会関係の費用は、小規模自治体ほど人口一人当たりで計算した経費が大きくなるとして、人口4000人規模の町村では人口10万人規模の市の約3倍分と計算していた。
消防費や廃棄物処理費などでは、この算定基準を改め、小規模自治体も人口一人当たりの経費を大規模自治体と同額で計算することを検討している。議員の給与を賄う議会関係費や三役の給与などを賄う総務費も、地方交付税の算定対象から外し、市町村独自の財源で負担させる案が浮上している。
消防や廃棄物処理、議会などは、自治体の規模が大きくなれば効率的に運営・維持できるため、合併を促す効果もある。制度見直し後も市町村が合併しないことは可能だが、超過する経費は市町村独自の財源で手当てしなければならない。
読売新聞は「現在、地方交付税を交付されている全国3000以上の市町村にとっては、議員数の大幅な削減や議員を実質無報酬にするなどの措置を取らなければ、財政が破たんする可能性がある」と見ている。
国会でも、この地方交付税制度の見直しには賛否両論、激しい綱引きが行なわれているので、必ずしも、地方制度調査会(諸井虔会長)の答申の通りになるとは限らないが、少なくとも、最も遅れている行政の構造改革に大胆にメスが入れられることだけは確かだ。
地方自治体は、それぞれ、地域経済の活性化を図るために、地域の企業の改革が進展するよう手助けしながら、税収の上がる仕組みを築かなければならない。すでに、借金漬けの国、地方自治体におんぶに抱っこして、福祉優先の政治を期待するのは無理がある。
まだ、活力のあるうちに、若者が定住しているうちに、次の手を打たないと、まさに過疎化した活力のない都市に転落する。都市の繁栄は偶然起るものではない。地域の住民が奮起し、時代の流れを掴みながら時流に沿った事業や公共的な政策を展開していかなければならない。
市町村合併もその一つの手段であり、時代の流れと認識して、より積極的に取り組み、その成果を生かすべきだ。目先の小さな感情論や、首長、市議らの暮らしを守る意味で合併反対と言うのは、市民が賢くなって阻止しなければならない。
燕市議が、いまのままでは、県央東部の合併は難しいと、得意げに述べている様は、噴飯ものである。なぜか。燕市は、県央東部と合併せずに、吉田町と合併できる保証はあるのかと聞きたい。
県央東部との合併から離脱し、なおかつ、失敗の公算の高い吉田町との合併を目指し、吉田町に受け入れられなかったらどうするのか。コウモリの例えになる。燕市の未来は暗くなる。加茂市は、今春の市長選挙で、小池市長3選が阻止される公算が大きくなっている。県央東部における南蒲原の結束はより強くなる。
燕市は、吉田町との合併を模索するよりも、吉田町を県央東部に呼びこみ、できれば県央十一市町村の大合併に向けて着実に手を打っていくべきだ。燕市議会のかなりの議員が、県央東部の合併に反対というが、全体の情勢をよく掴んだうえで判断すべきことだ。誤りのないよう、市民が、市議の言動をマークし、春の統一地方選挙に臨むべきだ。
老後を健康に
2003・1・7
日本人の平均余命と、健康で過ごせる年齢との開きが10歳近くあって、健康で過ごせる年齢は平均70歳余と言う。
これまで、日本人は、長寿を目指して、乳幼児の死亡率の低下や、赤痢、天然痘、結核などの伝染病の撲滅、脳溢血、ガンなどの病気の克服に血道を上げてきた。
確かに平均余命は伸びて、世界一の長寿国になったが、今、日本の経済が低迷し、国民が税並びに税外負担の増加に悲鳴を上げているなかで、特に高齢者の介護、医療費の増加が社会問題にさえなっている。
健康で長生きすることが一番の幸せであるが、現実には、老後の10年を病床で寝たきりとか、起きていても介護がなければ食べることもできないといった障害をもって過ごすとしたら、本人はもちろん、周囲も、必ずしも幸せとは言えない状況が生まれてくる。
あと10年で、高齢者の仲間入りをする団塊の世代にとっては、最も、年代別人口が多く、従って、老後の保障も極めて厳しいものにならざるを得ないだけに、健康で長生きを心がける必要がある。
この世代は、いわゆる核家族化が進み、早くから、親の家庭から独立、子育ての時には、祖父母と同居していないケースが多い。積極的に、老健施設などに入居できるように努力してきた。
従って、子供たちも、親を介護するという姿を見ていない。当然、老後は、老健施設に入居して、生涯を終えるというイメージを抱いている。
政府は、高齢化社会を迎え、増加するお年寄を全て収容出来るほど老健施設を建設することは、負担が大き過ぎることから、在宅介護が望ましいという理由をつけて、政策の転換を図っている。
こうなると、老後、子供たちからも面倒を見てもらえないし、老健施設にも入れないという状況も想定される。
結局、男性も調理を覚えて、万一、パートナーが病気で倒れ、あるいは不幸にして亡くなっても、自活できるようにするとか、健康管理にますます気を配るとか、老いてからでは間に合わないので、若いうちに、努力することが必要になる。
誰しも、健康のままで長生きし、ある日、ぽっくりとあの世に旅立ちたいと願っているだろうが、現実は、平均10歳の開きがあるというのだから、生きがいのある老後を送るために、よほど心しなければならない。
健康の問題が、環境問題とともに、国民の最大の関心事であるのは偶然のことではない。高齢化社会のあるべき姿を、これまでの、社会保障制度に依存するという形から、もう少し積極的に生きる形に変えていかなければならないし、社会保障制度そのものも維持できなくなるだろう。
温暖化による暖冬という予測とは裏腹に、連日厳しい天候の続く雪国の正月休みに、つくづく考えさせられた自らの老後の暮らしだ。