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無責任な燕市議会 非現実的だが「解散」の期待 2003・11・28

 合併問題についてさえ、市議会で決められず、住民投票で、民意を問うしかなかった燕市議会。高橋甚一前市長が辞職し、合併賛成派、反対派の市議が一緒になって、市長選候補者選びをしている図を燕市民はどのような目で見ているのだろうか。

 まず、高橋前市長は、辞職の決意を翻すことなく庁舎を後にしたし、女房役の中野邦雄助役が市長選出馬を固辞。これだけでも、いかに燕市議会が、理事者側に信頼されていないかがうかがえる。

 それにもかかわらず、今度は、これはと思われる、民間人に次々と出馬の意思の有無を質し、結局、誰一人、受け手がいないまま、ついには、杉山光映元市長までが、候補者の一人として囁かれる始末。

 挙げ句の果てに、周囲が決して再度市長選に出馬することはないと見ており、仮に、出馬、再選されても、来年9月までの1年しか任期のない高橋前市長に出馬をという話さえ流れている。というより、ここまでくると、誰かが意図的に流しているといったほうがいいかもしれない。

 高橋前市長が、たとえ、再選されても、任期中に、主張してきた県央東部での合併はおろか、吉田町との合併の話さえ、土俵に上るようになるかどうかわからない。ましてや、これまでも、市議会の意向にややもすると振り回され、市議会にとって組みしやすいとみられてきた高橋前市長。「ここで、もう一度」などと言って出馬したら、もはや高橋前市長の主体性は皆無と言っていい。

 合併賛成派と反対派は基本的に燕市の未来に対しての予測が異なっているのに、住民投票が終わった途端、市長選候補者を一緒に探すという、呉越同舟の行動を取っていること自体、市民には理解しにくい。

 大山治郎、川上靖夫市議らベテランの市議会議員が、何を考えて行動しているのか、皆目、市民には見えてこない。民間人が、このたびの住民投票に嫌気して、市長選候補者選びに加わろうとしないこのときこそ、本来、市議から市長選候補者が出るのが筋。それも、無投票ではなく、選挙を戦う覚悟で。選択するのは市民だ。

 賛成派、反対派とも、最大の政治課題である合併問題を除けば、あとは、市長選候補者選びまで一緒というわけのわからない市議会。市長になりたい市議には、反発が多く、一方で、市長になって、住民投票中に主張してきたことを実現する責任のある合併反対派の市議は、無責任にも、手を挙げようとしない。

 市議会議員が、責任を取れない市政に対して、政治の実態に疎い民間人が、どうして、手を挙げて、市長選に立候補するだろうか。ここまできたら、市長を選ぶ前に、燕市議会議員は、全員辞職し、もう一度、民意を反映した市議会構成にすべきだ。合併賛成、反対のいずれでもいいが、理屈の通る形で運営できる市議会構成にして、それから市長を選ぶのが筋。

 そのような形ができれば、市長を務めてもいいという市民が現れるかもしれない。いや、燕市政の困難な状況の一部が表面化しただけでも、市長の引き受け手のいない燕市。市議会の顔ぶれが変わっても、市長を率先して引き受ける市民はいないかもしれない。
 小生には、そういう意識はないが、強いて、小生を「三条モン」と呼ぶなら、「三条モン」だから、「燕モン」に誤解をされると困まるので、まだ、はっきりと言わない。しかし、「三条モンとは気質が違う」と、理由もなく嫌って、合併に反対した一部の燕市民は、いま、市長にすら立候補する市民がいない燕市の状況、市議会の状況を、全国の人々がどのように見ているか考えたことがあるのだろうか。

 かつて、積極的で、建設的な方向で進んできた燕市民、燕市議会が、ここ数年、政治的に混迷している責任を、市議ら自身が感じるのでなければ、この難局は乗り切れない。非現実的ではあるが、市議会解散を期待しているのは、小生だけではあるまい。





ひましに「県央東部合併必要」の市民理解深まる 2003・11・26

 10月26日、新潟県県央東部での合併の是非を問う燕市の住民投票が行われ、反対多数の結果を受けて、11月7日に高橋甚一前市長が辞職。住民投票に勝って喜んだ合併反対派も、敗れて愕然とした賛成派も、高橋前市長辞職後、ただちに執行される市長選挙にどのように対処するのかのシナリオを持っていなかった。高橋前市長に再度、出馬を要請。当然のように断られると、あわてて今度は中野邦雄助役に出馬を要請、これもピシャリと断られた。

 合併賛成派は、運動の疲れと、過半数に達しなかったショックの大きさから、市長選挙に誰が立とうと構わない、合併しないでやれるものなら、合併反対派が候補者を立ててやってみせてほしい、あるいは、共産党が市長を立ててやればいい、というような、捨て鉢なムードに、一時期陥っていた。

 合併反対派は反対派で、住民投票の結果を重んじるという建て前で、賛成派の市議との懇談会を持ちながら、高橋前市長、中野助役に出馬を要請した。二人とも、県央東部での合併なしには、これからの市政はやっていけなくなるという覚悟を決めて臨んでいた。反対派が一歩も譲らず、共産党にあっては、出馬要請にあたって、吉田町との合併も反対、福祉のサービスを落さないなどの条件を提示、合併反対派のなかでも、浮いてさえいたという。

 合併賛成派も、合併反対派と歩調を合わせるかのごとき行動を取っていたが、本音のところは別。中野助役が、要請を受けられない理由として、燕市の財政事情をよく知っているが、県央東部での合併反対という形で、市政を運営していくだけの器量がないという理由を挙げていた。市民は、それほど燕市の財政事情が悪いのかと気付かされた。市議会議員も多くは、中野助役が、そのように断言するまで、財政難の深刻な実態を理解していなかった節がある。

 高橋前市長、中野助役が、次々と、本音の部分では分裂している全会一致の市議会の出馬要請を断ったことで、燕市民も、ようやく、事の重大さに気付き始めた。高橋前市長、中野助役に出馬を要請、断られた時点で、すでに遅すぎた。なかには、「今、住民投票すれば、賛成派が勝つだろう」と言う識者さえいるほど。

 住民投票の勝ち負けにとらわれるよりも、本当に燕市や、県央地域の市町村の将来を考えた場合にどうあるべきかを考え、その実現に向けて、新たに住民運動を展開するくらいでないと、将来に禍根を残すだろう。

 合併反対派も、賛成派も、候補者を探しているようだが、まず、燕市の置かれている状況を的確に把握することができる、可能性のある市民を擁立してほしい。これまで、市政を執行してきた高橋市長、中野助役は、僅か700票余りの差でしかないとしても、住民投票の結果を無視することはできなかった。

 しかし、市議会で住民投票の結果を尊重するとした市政執行者や、審議する側だった市議でなく、それ以外から出馬する新しい候補者であれば、それほど住民投票の結果にとらわれなくてもいいだろう。

 市民の間に、徐々に、県央東部、あるいは県央地域全体での合併の必要性が理解されてきていることは確かだ。もちろん、住民運動の期間中でも、心情的には吉田町と合併してほしいが、燕市政の現状を聞いて、県央東部での合併賛成派になった市民も多かったし、高橋市長の退職、中野助役の出馬辞退の経過を見つめながら、合併せざるを得ないということを理解してきた市民も多く、これからもさらに増えつづけるだろう。

 その意味でも、新しい市長は、住民投票の結果にばかりこだわっている必要はない。それでも、市議会は、また、合併賛成派と反対派の真っ二つに割れるのか。それとも、県央東部、吉田町、そして合併反対で単独の三つ以上に割れるのか。市議会の良識が問われているのはそこのところだ。





燕市長選び深刻な事態に 判断誤った住民投票の後では…
 
2003・11・25

 合併を巡る住民投票の結果を受けて辞職した高橋甚一前市長の後任を決める新潟県燕市長選挙は、燕市議会を中心に立候補者を擁立しようと探しているが、引き受け手がないままだ。11月19日午前9時から、燕市選挙管理委員会は事前説明会を開いたものの、説明はせず、事前審査の日程だけを発表し散会した。

 定刻に、会場を訪れたのは、元市議の藤森俊之氏ただ一人。誰が出席するか偵察に来たもので、定刻を10分過ぎても、誰も姿を見せず、藤森氏も、説明を受ける必要がないということで、説明を省いたもの。

 事前説明会に誰が出席するのかと注目して集まった取材陣に、藤森氏は、「元政治家のS氏を市長選に推したい。業界人のI氏を推す動きもあるようだ」と答えたという。記者らは、S氏とは、杉山光映元市長のことと受け取ったようで、確認の質問はなかったという。

 杉山元市長、そして元市議の藤森氏という顔ぶれを見れば、前時代的な政治で燕市の市政が汚辱にまみれたことを髣髴させる。誰も出馬する候補者が居なければ、杉山元市長が立候補するという話は、すでに、各方面で確認されている。しかし、人材がないとしても、燕市民は、本当に、建設関連業者から資金を受け取ったかどで、司直の手によって追及され、市長職を辞任した杉山元市長の復権を許すのだろうか。

 業界人のI氏とは、若手ながら、燕市の再生戦略会議のメンバーだった若手経営者で、燕市の行政の勉強もしている。友人らが、擁立の話を持ちかけたようだが、引き受けるかどうかは本人次第だ。

 中野邦雄助役が、市議会の出馬要請を断り、12月定例会をもって辞任するとした。その後、18日夕刻、大山治郎前議長が、単独で、中野科学社長の中野信男氏を訪ね、市長選出馬を働き掛けたが、中野氏は断った。

 中野氏は、中野助役が、出馬すべきかどうか考えていた時に、相談に訪れた近い身内である。会社の経営からも外れられないし、第一、中野助役が出馬を辞退した理由の一つに、中野家の家訓を挙げている。中野氏も、その意味では同様の立場だ。

 合併賛成派は、燕市の財政状況や、さまざまな課題を、ある程度知っているから、合併の必要性を訴えてきた。そのなかから立候補者を擁立するのはなかなか至難だ。合併反対派は、初めから、市長を引き受けるような人材はいなかったというべきだろう。ただ、杉山元市長を擁立して、お茶を濁すようなことであったら、燕市民に、どう釈明するのだろう。

 合併賛成派、反対派とも、市議会議員から市長候補者を選べないだろう。市民の負託を受けて市議会に臨んでいながら、賢明な結論を導き出せず、市民に直接、合併の是非を問うたくらいだから、とても執行権を持つ市長になど、なれないだろう。

 いずれにしても、燕市長選挙の告示は30日で、刻刻と期日が迫っている。市民が燕市政の窮状を知らずに、選択を誤った後の、この深刻な事態に対処しようとする勇気ある市民はいるのだろうか。

 基本的に合併に反対の共産党市議団は別として、合併賛成派はもちろん、合併反対派も、本来あるべき姿に向かって、新しい市長を擁立すべきだろう。一部の市民が期待している高橋前市長の再度の立候補はあり得ないのだから。






適任者は引き受けず 判断誤った後の燕市政混迷

 物事を壊すのは難しくない。しかし、物事を成し遂げていくのは極めて難しい。そのことをわきまえないで、常に、建設的な市民の言動に反対を繰り返して、失敗させることで、気持ちを満たしている市民というのは救いがたい。このたびの、市町村合併を巡る新潟県燕市の市政を見ていて、まさに、その感を強くした。

 いつでも、体制に反対している共産党の市議団は別として、川上靖夫市議、大岩勉、星野義則市議らは、三条市など県央東部での合併に反対し、吉田町との合併を模索することを求め、合併反対の共産党市議団と組み、住民投票の結果、高橋甚一前市長らの合併推進の努力を踏みにじり、その存在感を発揮した。

 ところが、住民投票で、県央東部での合併を否定した後から、苦しみが始まった。高橋前市長を退職に陥れ、今度は、中野邦雄助役に市長選立候補を強く要望しながら、きっぱりと断られた。

 合併賛成派の市民からは、合併反対派が運動中に主張してきた事柄を実現するために、合併反対派から市長選候補者を立てて、主張が実現可能なことかどうかを明らかにしてほしいという厳しい要求さえ聞かれる。

 川上靖夫、大岩勉、星野義則市議には、自ら市長選に立候補して、当選を果たし、これまで訴えてきたことを実現する気などさらさらない。また、実現できるはずがないことを訴えてきたのだから責任は取れない。

 これでは、ただ、三条市などとの合併に反対するために反対しただけで、燕市や、県央東部、さらには県央地域の将来を考えて、実現可能なシナリオを描いてきたわけでないことは明らかだ。

 燕市選挙管理委員会は、11月19日に、市長選の立候補予定者に対する事前説明会を開く。だれが出馬し、関係者を事前説明会に出席させるかが注目される。もちろん、立候補者は、事前説明会に出席しなくとも、30日の告示日に、立候補の届出を済ませればいいわけだが、事前説明会の出席いかんは一つの目安になる。

 合併賛成派も、一時は、住民投票の結果を尊重するということと、住民投票の運動に疲れていたことも手伝って、できもしないことを訴えてきた反対派から市長を出して、実現可能かどうか市民に示してもらいたいなどと、ややもするとナゲヤリな考えを持っていた。

 ところが、16年度予算編成で、すでに、現在のサービスを維持し、市民負担を上げないのでは、予算が組めない事実が明らかになった。三条市などと合併しなければ、たちどころに福祉サービスを切り下げなければならない。さらに、さまざまな公共投資の予算が欠乏して、現在の市民生活を維持できないことにもなる。

 なんとか、合併賛成派から市長を出して、当面は、厳しい予算編成で対応し、やがて、三条市などと合併しなければならないし、そのなかで吉田町との合併も模索していくというスタンスを守らなければならないことを再認識しはじめた。

 共産党市議団は、燕市単独でいくことと、福祉サービスを落とさないことを主張している。合併反対で連携してきた大岩市議らも、さすがに、これには承服できないとしているが、目的が違う市議らと、合併をぶち壊すためにのみ、手を組んだ末のみじめな結果である。

 いつまでも、燕市の市長を不在にしておくことはできない。市長職務代理者の中野邦雄助役は、市長選出馬を断っただけでなく、市議会12月定例会をもって辞任することを明らかにしている。

 誰かを市長に選ばなければならない。市長にさせたい良識のある市民は、住民投票で市民が誤った選択をしたことによって、市長選出馬を受けたがらない。市長をやらせたくないと批判されている市民のなかでは、虎視眈々とこのチャンスを狙っている市民もいる。

 後先を考えず、物事を壊すことは簡単だが、適任者を得て、物事を成し遂げるということがいかに難しいことか。合併反対派は、住民投票に勝ったことを喜ぶ間もなく、困難に直面している。反対の急先鋒を務めた市議らの責任が問われている。

 もちろん、合併賛成派も、市長候補者を選べず、苦慮している。市長選挙の告示日まで、あと11日。果たして、難局に立たされている燕市政のために、一苦労しようという適任者が現れるかどうか。杉山光映元市長は、合併賛成、反対の両派が推してくれれば、出馬することもやぶさかでないと言われる。もちろん、それはあってはならないことだ。





候補者難のなかで、業界の責任重大
 2003・11・21

 住民投票の結果を踏まえて辞職した高橋甚一前市長の後任を決める新潟県燕市長選挙は、立候補者に対する事前説明会を、11月19日に控えて候補者選びも迷走している。合併賛成派、反対派双方の市議会議員が、一部欠席者を除いて、全会一致で出馬要請した中野邦雄助役。

 しかし、17日、中野助役は、(1)住民投票の結果を尊重するという条例の重みは無視できないし、吉田町との合併特例債の期限までに方向性を見出せるが、県央東部に強く向いている私の支持者を将来敵に回すことになりかねない(2)単独でいくには、国、県の今後の動向、燕市の財政状況を考えたとき自信が持てず、適任者でない(3)中野家の家訓で政治(選挙)に身を置くことに賛同を得られないという3点を理由に、出馬要請を断った。

 杉山光映元市長が、出馬する人がいなければ、出馬してもよいという話が流れ、17日朝一番に、匿名で「杉山元市長が、出馬するので、すぐに取材を」という電話が弊社にあった。中野助役が出馬要請を断る前の時間帯だった。

 弊社としては、杉山元市長が市長を辞職した理由があるので、たとえ、この困難な時期でも、杉山元市長の市長選出馬は好ましいことではないとみて、積極的に取材することはないと静観した。

 午後からの賛成派、反対派の議員懇談会では、正副議長が、改めて中野助役に出馬要請することになって、中野助役と折衝した。中野助役は出馬要請を断った理由を印刷物にして、正副議長に提出し、かつ、記者会見でも配布して臨んだのだから、翻意するはずがなかった。

 杉山元市長が出馬するにしても、燕市民は、本当にそれでいいのだろうか。燕業界は、登坂健児元燕市長と杉山元市長の二人の2度にわたる市長選対決に、金がかかり過ぎることと反省。業界が二つに割れることのないようにと、高橋甚一前燕市長を擁立して、2回の選挙とも、対立候補はあったが、さほど激しい選挙にならず、2回当選している。

 今回、高橋前市長は住民投票で敗れたら退職すると公言し、議員らの、負けても辞職しないでほしいという要望も蹴って、辞職した。しかし、合併賛成派、反対派とも、市長選の候補者難で、双方とも、中野助役に白羽の矢を立てて、出馬要請してきた。一時は、出馬を受けるニュアンスも感じられたが、最終的には出馬要請を断った。

 さて、中野助役に断られて、合併反対派からは杉山元市長の出馬という話も聞かれたが、いかに、人材不足でも、杉山元市長の立候補を認めることは難しい。よしんば杉山元市長が出馬表明しても、無投票当選とはならないだろう。

 杉山元市長の出馬を阻止することが、杉山元市長のためにもよいことだし、燕市の悪しき過去を思い出すだけでも、燕市民にとっては不幸なことだ。さりとて市議会議員の中には、適任者が見当たらないという状況だ。

 市長選の候補者難のなかで、一部業界人からは、高橋前市長に再度出馬してもらってもいいのでないかと言う声が出始めている。高橋前市長が出馬、当選すれば、残任期間の来年9月までが任期になる。当選するとすぐに、平成16年度当初予算を組まなければならない。

 すでに、燕市役所では事務レベルで予算案づくりに入っている。住民投票の結果、県央東部との合併が無理になった現在、予算は思い切って詰めなければならないし、福祉サービスも削減しなければ、予算すら組めない状況。

 高橋前市長が、出馬、再選したときには、住民投票の運動で訴えてきた、まさに、このままでは、市政が運営できない、合併しなければ予算が組めないという事態に直面するのだから、そのような緊縮予算を組んで市民に示してみるのもいい。

 それで、燕市民がはじめて、三条市などとの合併が絶対に必要であることを認めれば、あと1年して、再度、三条市などとの合併の問題を検討し直せばいい。もちろん、その間に、吉田町との合併についても、並行して模索していくのがベターだろう。





中野助役、財政再建に適任
 2003・11・19

 新潟県燕市は住民投票によって、三条市など4市町村との合併に反対する票が、賛成の票を僅かながら上回ったことで、高橋甚一市長が辞任。後任の市長候補者選びで、燕市議会議員の反対派と賛成派が懇談会を開いて歩み寄り、欠席した3市議を除く全会一致で、中野邦雄助役に出馬要請した。このことに対して賛成派、反対派双方の市民から批判の声が聞かれる。

 住民投票で両陣営が、勝つために手段を選ばず、全力で戦った結果、市民が真っ二つに割れてしまった。この上、さらに市長候補を擁立して市長選を運動する意欲がないし、割れた市民感情を修復しようという意味が込められている。

 ただ、住民投票では、燕市の将来、周辺市町村の将来を考えた場合に、本当に、三条市などと合併しないと決めていいのか、高橋前市長はじめ賛成派が言っていたことと、合併反対派が言っていたこととが、真っ向から対立。市民も「どちらがほんとうなのか」と戸惑いながら、運動する市議、市民につられて投票した節がある。

 合併賛成派は、運動の盛り上がりに、勝ったというおごりがあって、終盤の詰めが甘かったし、反対派は家族、親戚、近所の住民に働きかけて住民投票に向かわせるなど最後の最後まで必死だった。

 市財政の実情を知る合併派の市民が、投票が決着した今、反対に回った知人、友人などに、事の重大さを話すと、「そのことはわからなかった」と言う言葉が返ってくるという。「時間が足りなかった」と反省している。

 ただ、高橋市長が辞職した後、市長候補擁立劇を見ていると、合併賛成派も反対派も、余りにも食い違いの大きい燕市の将来像を訴え合い、さらには、わずか700票あまりしか票差がなかったのに、市議や、有力者の都合だけで、妥協していいものか疑問に思う。

 中野助役は、財政畑が長く、財政通だし、商工課長時代には、燕業界ともつながりがあった。高橋市長の女房役として、市政を切り盛りしてきた。吉田町との合併を目指すにしても、単独を貫くにしても、この厳しい財政事情を乗り切るには適任だ。したがって、中野助役に、市長選出馬を要請するのはわかる。

 ただ、その財政通の中野助役は、高橋市長とともに、三条市などとの合併は避けて通れないとの固い信念で、積極的に取り組んできた。その中野助役に対して、合併反対派が、住民投票の運動で、さまざまなチラシを撒き、集会などで訴えてきた事柄に、責任を持てない以上、出馬要請するのはお門違い。

 二つに割れた市民感情の亀裂を修復するために、最も無難な中野助役に引き受けてもらおうということなのだろうが、きのうのきのうまで、合併は避けて通れないとしていた助役が、高橋市長が辞職したとはいうものの、手のひらを返すような形で合併反対派の意をくんで、市長選に出馬するようなことはできないだろう。

 中野助役が、引き受けるとしたら、はじめに、合併反対派の言ってきたことは事実と違うということを市民に明確にしてもらいたいし、合併賛成派にも落ち度があったのなら、それを明らかにしてほしい。そうしなければ中野助役が後で苦しむことになるし、市民も今回の住民投票を単に勝ち負けの問題だけで済ませ、燕市の将来について理解しないままに終わってしまうだろう。

 中野助役の市長就任には大賛成だが、合併賛成派、反対派が、もう一度、真実を明らかにした上で、中野助役に出馬を要請すればいいし、中野助役も、受けるにしても、断るにしても、燕市の置かれている現状と、将来への不安、近い将来のビジョンも市民に明らかにしてもらいたい。

 高橋一夫三条市長が、し尿処理場の建設をはじめ、さまざまな事柄についてみせている、燕市への寛大な計らいは、三条市など4市町村のためでもあるが、それだけではなく、燕市の将来を考えて、というよりも、県央東部、できれば吉田町も含めて、さらには、岩室村を除いた県央10市町村のことを考えて、具体的な都市経営のためのコストを計算し、比較しながら、「合併が望ましい」と考えているからだ。

 中野助役に是が非でも、高橋甚一前市長の後任として市長に就任して欲しいのなら、先に述べたことが絶対条件だろう。中野助役が11月17日に回答するという。燕市議はもちろん、燕市民はとくと考えて対処すべきだ。






なぜこだわる 「三条モン」 「燕モン」
 2003・11・17

 毎日、県央地域を車で駆け回りながら、それぞれの地域の住民と会って、さまざまな話をしている。小生自身は、三条市で生まれたが、両親は、栄町と見附市の出身であり、母方が、「池野姓」で、ルーツを訪ねてみるが、明治以前のこととなると、戸籍がなく、菩提寺の過去帖でも、せいぜい宝暦のころまでしか遡れない。

 先祖代々、一定の場所に定着していた様子はなく、栄町善久寺、中之島町中野、見附市三林、同市葛巻などが、祖先の因縁の地として、親が語っていた。どうも、農業と縁が薄かったらしく、生きるために、職を求め、そのつど住む場所を変えてきたようだ。

 小生自身も、現在の直江町に居を構えて、30年近くなるが、一定の場所にこれほど長く住んだのは初めての経験。あまり、特定の土地にこだわりを持って暮らしていないのは、そうしたルーツと、個人的な半生の生き方のせいかもしれない。

 なぜ、突然、このようなことを書いているかというと、県央東部5市町村の合併の問題を、記者の立場から取材し、さまざまな意見を聞いてきたが、合点がいかないことが多い。ともすると、住民の土地へのこだわりは、案外、それぞれのルーツと、土地との関わりの深さにあるのかもしれないと思ったからだ。

 特に、今回、燕市の住民投票で、西蒲原郡の各市町村と境を接している農村部で、三条市との合併反対の運動が激しかった。逆に、三条市と境界を挟んで隣の井土巻地区などでは、農家でも、三条市との合併を求めていた。

 そこへいくと、市街地の住民は、4代、5代と、同じ場所に住んでいる旧家もあるにはあるが、市外から転入してきた市民、自らは燕市民でも、2代、3代前に遡れば、市外から転入してきたという家庭が結構多い。それは、燕市に限らず、各市の市街地にみられる傾向だろう。

 商工業を生業とする家は、なぜか、「3代続けて発展する家は少ない」というのが、通り相場。したがって、同じ土地へのこだわりは、水利をはじめ、地域共同体の結束が強い農家に比べて薄い。住む場所は、職業によって決まると言ってもよい。

 このような生き方をしている市民は、縁あって、この土地に住まわせてもらっているという意識が強く、生まれも、育ちも三条市、燕市だからといって、「三条モン」「燕モン」という意識、土地へのこだわりは比較的薄いのではなかろうか。

 商工業を営む市民でも、「三条モン」「燕モン」とこだわるのは、三条、燕両市にまたがって取引先があって、他市にある取引先からモラルの低い仕打ちを受けたというような苦い経験を持っている場合などに敵対感情がひときわ強く働いているようだ。

 もっとも、これは、それぞれの企業経営者、企業の体質からくるもので、三条市内、燕市内の別はない。ただ、合併ということになると、それらのマイナスイメージを抱いてしまって、出来ない理由にしがちだ。

 商売を営んでいて、市外、県外、国外へと手広く商いを手がけている人は、ほとんど、そうした意識は薄らいでいる。むしろ、信頼関係を築けるかどうかは、個々の人間関係の問題である。

 車社会に適合しない狭い地域ごとに行政区が分かれている状況下で、仕事をしながら、「私は三条です」と、その都度、挨拶しなければならないことに煩わしさを感じることさえある。住んでいるところが、三条市だろうが、燕市だろうが、あまり差異はない。小生が若いころから、仕事でも、個人的にも、地域を越えて、多くの人と交流してきた結果なのだろうか。

 三条市、燕市と、行政区が分かれているうちは、「三条モン」「燕モン」という言葉、その言葉から誘発されてくる「違う市民性」のイメージは払拭されないだろう。

 「NHKスペシャル文明の道」の第3巻を読んでいるが、そこに、「陸の孤島ペンジケント」という小見出しで、「旧ソ連時代にも、タジキスタンと、ウズベキスタンという国家、そして両国の間の国境線はあった。しかし、ソ連邦内の国家同士として、両国の関係は良好であり、ペンジケントにも、サマルカンドからさまざまな物資が運び込まれていたという。それがソ連邦崩壊後、ウズベキスタン、タジキスタンのそれぞれが独立国となったとたんに、両国は民族主義を剥き出しにして睨み合いをはじめた」などとある。国と、市町村とでは、意味も異なるだろうが、案外、人心というのはそういうものなのかもしれない。

 合併するまでは、「三条モン」「燕モン」と、それぞれが異なった市民性を強く持っていると錯覚しがち。合併してしまえば、10年、20年の間に、そうした意識も消えて、スムーズに交流できるのではなかろうか。

 国際化の時代になっても、市民の土地や地名などへのこだわりは、また、一種独特のものがあるのかもしれないが。「三条モン」「燕モン」などと言って、互いにあら探しをしているよりも、それを乗越えるには、むしろ合併することが近道のような気がする。





燕市長選、合併反対派の候補擁立劇に疑問

 与党3党が絶対安定多数の議席を確保し、小泉内閣が、引き続き行財政改革など構造改革を進めていくことになった。そのなかで、地方交付税依存度の高い新潟県内の市町村は、一方で、合併を含めた行政改革による行政コストの削減を目指しながら、他方で、産業振興による、雇用機会の確保と税収のアップを図らなければならない。地方交付税交付金の削減、補助事業の圧縮によって、住民サービスの低下をきたさないように対処する必要がある。

 新潟県燕市は、このたびの住民投票で、三条市などとの県央東部での合併に反対する市民が、わずかながらも合併に賛成する市民を上回り、合併に反対してきた市議はじめ市民が、どのような形で燕市政を運営していこうと考えているのかが、改めて問われている。

 総選挙を終えて、いよいよ、市長選挙の候補者擁立の動きが本格化している。小泉内閣の構造改革の推進が本格化するなかで、合併はしない、住民負担は増やさない、住民サービスは落とさないという、まことに結構な市政を、誰が市長になればできるのか。

 合併反対派の夢のような市政の実行を住民投票で約束させられた燕市の市長。行政の仕組みを熟知している市民は、現状のままでは市長になりたがらないだろう。もし、合併反対派から市長が出て、加茂市の小池市長のように、市民の喜ぶ目先だけの市政を実行した場合、鼻血もでない加茂市の財政と同様の状態に陥るだろう。

 吉田町との合併についても、全く白紙の状態からどのようにして進めるのだろうか。川上靖夫、星野義則、大岩勉市議ら反対派の市議は責任をもって、市民に説明する責任がある。吉田町議会の状況を考えれば、新しい市長にその責任を負わせるのは酷すぎる。

 ましてや、「合併反対ではない。政府が進めている現在の合併に反対」という日本共産党の市議団に至っては、どんな合併なら反対しないのか、市民に説明してもらいたいと思う。

 このような市議会の状態で、燕市民が幸せになれるとは考えにくい。三条市は、燕市を含む5市町村で合併する方が、行政運営上、さまざまな面で、三条市も有利になると試算している。しかし、燕市は、三条市以上に合併によるメリットが多いとされる。

 よしんば、百歩譲って、吉田町との合併を模索するとする。今回の住民投票は、県央東部での合併について、賛否を問うたもの。県央東部での合併に反対している勢力のなかには、合併そのものに反対で、単独でいくべきだという市民も含まれているのだから、今度は、吉田町との合併について、住民投票で燕市民の意思を問わなければならない。

 吉田町との合併は、今の燕市の状況では、ほとんど不可能だろう。吉田町との合併には賛成という市議は、どのような手順で、今後、合併の話を進めていき、どのようなメリットがあるというのか、是非、市民に示して欲しい。そのためには、まず、市長選挙で、県央東部での合併に反対した勢力から市長候補を擁立し、勝つことが必要だ。

 合併に反対した賢明な燕市民は、合併に反対した市議らが、現在、なんとか出馬をと要請している相手が、合併賛成の市民だという事実を知ったら、愕然とするだろう。県央東部での合併に必要性があるという市民に、市長選出馬を頼むなどということは、口が腐っても言うべきでない。

 もちろん、合併反対派が、事実上、吉田町との合併はすぐには難しく、なおかつ、どこかと合併しないでは今後の市政運営が難しいということを、公の場で認めるのであれば話は別だ。認めれば、合併賛成派も、反対派が、合併が必要だという市民を擁立するのを歓迎こそすれ、反対はしないだろう。その際は、燕市民に今回の反対運動の非を詫びるべきである。

 もしも、吉田町との合併を実現するというのであれば、合併反対派のなかから市長候補を擁立し、責任をもって実現すべきである。相手のあることにもかかわらず、相手の意向も確認せず、単に、県央東部での合併を反対するために、吉田町の名を上げ、「三条市との合併に反対」とまで言い切って合併に反対した行為は許されるものではないだろう。

 さて、市長選挙の候補者選びだが、合併反対派から元市長の杉山光映氏が立候補するなどと、まことしやかに囁かれている。同氏が失脚した理由を考えればあり得るはずがない。どの陣営が、新しい時代に相応しい市長候補を擁立し、市政運営を任せることができるのか。

 このたびの総選挙で、小泉内閣が政権を堅持。総裁選で亀井静香元自民党政調会長を支持した新潟県の自民党公認候補が、雁首を並べて討ち死に。勝った稲葉大和、近藤基彦両代議士も、2世議員批判の矢面に立たされている。共産党も、全国で大きく数を減らした。

 こうした時代の流れに、もう少し、燕市民が敏感であったら、と先の住民投票の結果が悔やまれるのだが。市長選挙の候補者擁立劇、どのような展開をみせるのか。県央東部の4市町村は、今回の合併に間に合わなくとも、近い将来、燕市、吉田町が県央東部と合併することを願っている。

 見附市も、住民投票で合併反対が多数を占め、長岡市との合併を見送るという。見附市も繊維産業の衰退が著しい。単独ではやがて運営が難しくなるだろう。県の行政エリアからすれば、見附市は、中之島町とともに、本来は3市南蒲で、三条市、栄町などと一緒だった。機会があれば、県央東部に迎え入れるくらいの度量があっていい。

 県央20万都市、あるいは30万都市に向けて、実現性のあるところから合併を進めていくのがベターであり、その意味でも、燕市の市長選挙の行方から目が離せない。






古い自民党県連の体質 小泉政権の行財政改革本格化

 混迷する国際情勢、グローバル化によって、経済面ばかりか、政治的にも、さまざまな国際的役割を担わざるを得なくなっている日本。名実ともに、戦後の総決算を行い、新しい日本の姿を描きながら、歩んでいかなければならない時期を迎えている。

 にもかかわらず、国内では、政府、地方自治体の財政危機と、少子高齢社会の到来など、世界の国々が経験したことのない高いハードルを越えなければならない。内政、外交ともに、一つ間違えば、取り返しのつかないことになりかねない剣が峰に立たされている。

 こうした難しい局面で、自民党内に混乱が生じているにもかかわらず、小泉首相は国会解散、総選挙に打って出た。自民党単独政権は無理としても与党3党で、安定多数を上回る277議席を確保。自民党自身も、239議席で、解散時の247議席から8議席減らしたものの、前回総選挙の233議席を6議席上回った。

 これまで進めてきた郵政民営化、道路公団の民営化など、いよいよ、行政改革にメスを入れる段階を迎えた。ただ、内戦状態のイラクへの自衛隊派遣だけは、ブッシュ大統領との約束もあるだろうが、やや焦りすぎ。

 それにしても、いまだに、土木、建設など利益誘導の政治を進めている自民党代議士の体質の古さが、今回の選挙で有権者から否定されるなど、自民党は、体質改善、世代交代を急速に進めていかなければならない。小泉内閣の構造改革路線に抵抗してきた代議士が次々と敗れていった。

 民主党は、自由党を糾合したことで、2大政党時代の到来を告げたかにみえたが、自民党の内部崩壊を含む、政界再編がなければ、他の野党との連立でも政権奪取は難しい情勢。古い体質の民主党の殻を破って、現実的な路線を歩みうるのかどうか、菅、小沢の2枚看板で、次の総選挙で、政権を掌中にできるのかどうか。国民は、これから同党の真価を見定めることになる。

 さて、自民党新潟県連の体質の古さは甚だしく、先の自民党総裁選挙でも、まだ、ばら撒きの政治を目指す亀井静香元政調会長を支持して結束するなど、予想外の行動で、結局、古い体質を露呈。今回の総選挙では、栗原博久、吉田六左エ門両候補が、時代の風に吹き飛ばされて落選した。

 近藤基彦候補は、民主党と自由党が合併したにもかかわらず、前自由党代議士藤島正之、元民主党坂上冨男の両候補が立候補、票を按分してくれたことから、かろうじて当選した。やはり、農村地域を主体にした政治基盤で、今回の総選挙も、燕市の業界などで、近藤候補に批判的な声が聞かれた。

 自民党県連が時代に乗り遅れ過ぎていたために、逆に、民主党が、6議席中、3議席を確保し、新潟県に民主党の時代到来を印象付けた。難しいだろうが、自民党県連が、県議などの世代交代を図り、早急に時代を先取りできる政党に生まれ変わることができれば、状況は変わるだろう。

 郵政民営化が進むなかで、自治労、国労などとともに、労働運動をリードした郵政関係の労働組合「全逓」が、かつて列車を止めたほど強烈なストライキを行った労働運動が華やかだった時代のイメージを払拭するためか、名称を変更し、組合費を値下げして、若い組合員の獲得に努めるという。たまたまなのか、意図的なのか知るよしもないが、投票日の9日朝、NHKテレビでこのニュースが流れ、何か意味があったのだろうかと考えた。

 全逓が組織率50%を割ったという。労働組合主導の政治運動はもはや変わらざるを得なくなっている。新潟県の連合組織は、まだまだ、労働組合に依存している部分がある。しかし、自民党の古さと合わせ、民主党も、生まれ変わらなければならない。次の総選挙までに、変われるのは自民党か、民主党か。

 小選挙区制では、各党とも、選挙区内での予備選挙を行なって、有能な人材がどんどん政治に挑戦できる仕組みを導入しないと、「前職」というだけで、有権者に人気のない候補が優先的に立候補し、議席を落とすことになる。それは結局、2大政党時代といわれるなかで、国民の意思を反映しない形で、国政における勢力のバランスを崩すことにもなる。

 まだまだ、政治改革の道のりは遠いようだが、確実に改革は進んでいる。自民党も、民主党も、党内で切磋琢磨しながら、有権者の期待に応えられる政治家を育て、立候補できる仕組みをつくらないと、いつまでたっても、古い体質のまま、国際社会に通用しない日本になってしまうだろう。





燕市の将来案じながらも潔く退職
 2003・11・10

 11月5日午後1時過ぎから開かれた新潟県燕市議会臨時会本会議で、7日をもって市長を退職するとの申出書を提出していた高橋甚一燕市長は、メモを読み上げる形で、7年にわたり、名誉ある燕市長の要職を務めさせてもらったことに感謝し、地方の時代というが、財政的には極めて厳しく、町づくりに困難をきたす時期がくることを憂いながら、市民が一丸となって困難に立ち向かってほしいと期待した。

 また、尾崎咢堂(行雄)の「人生の本舞台は常に未来に在り」の言葉を引いて、このような精神が重要であるとし、「このような形で退くことは不本意だが、(7日をもって退職することに)ご同意を」とした。

 燕市議会は、この日朝から、議会運営委員会を開いて臨時会は一日限りと決め、高橋市長に申出書を撤回してもらうことについて、賛成、反対の意見があって、各派代表者会議を重ねて、協議。本会議前の議員協議会などで、高橋市長に質疑したが、結論が出ず、午前中に予定された本会議の開会が午後1時過ぎにずれ込んだ。

 住民投票の結果が出てから、合併賛成、反対の立場を超えて、高橋市長の翻意を目指して、あの手、この手を尽くしてきた市議らも、高橋市長の退職の意思が固いことを知らされた。

 本会議で、7日をもって退職することについて可否を問うため、記名投票を行った結果、合併賛成派のなかにも、同意する市議があり、反対派のなかに、同意しない市議もいるなどで、病気療養中で欠席の古寺正晴市議を除く、18人が投票。9対9の可否同数となり、赤塚功議長の判断で、7日をもって退職するという原案に同意した。

 住民投票を終えてから、合併賛成派並びに反対派の一部が、高橋市長の退職に対して、さまざまな理由で慰留してきたが、高橋市長は、一票でも負けたら辞めることを覚悟して、運動に取り組んだ住民投票だけに、ノーという結果が出たのだから、潔く退職するという意思を貫いてきた。

 それだけに、逆に、「次の市長選挙が大変」などという理由では、高橋市長を踏み止まらせることはできなかった。合併賛成派も、武士の情けで、潔く退職する高橋市長に拍手を送り、後に新しい市長候補を擁立して、戦うだけの覚悟が必要だろう。踏み止まらせようという動き自体が、見苦しくさえあった。

 今回の住民投票は、それだけの意味を持った重要な事件だったこと、単に目先の問題ではなく、5年、10年後の燕市の市政を考える機会でもあった。よくも、悪くも、燕市民が選んだ道筋に沿って、政治を行っていかなければならない。

 合併に反対した10人の市議と、合併反対に一票を投じた市民、そして、その勢力に勝てなかった合併賛成派の市議と市民は、重い荷を背負いながらも、次善の策を求めて、まず、新しい市長を決める市長選挙から手をつけていかなければならない。そこに住む市民が、責任をもって住民自治を執り行って行く、まさに地方の時代の厳しい現実、試練が、すでに始まっているのだ。

 高橋市長は、議場で、盛んに投票が行われている間、議場裏の別室で、一人、投票の終わるのを待っていた。「燕市は、将来大変になるだろうが、惜しまれながら、潔く退きたい」と、投票の結果に関わらず、7日をもって退職の覚悟を決めていた。

 住民投票の運動中、最後の最後まで、最も合併反対が根強かった松長地区はじめ農村地域を、合併に賛成してほしいと回った高橋市長には、思い残すことはないようだ。この日は、高橋市長が、7年間にわたる高橋市政に自ら終止符を打った、燕市の政治史に残る一日となった。






見えてこない政治改革 総選挙後、政府は何をなすのか
 2003・11・7

 400兆円の赤字を抱える日本の国家財政。世界の人々が信頼しなくなり、日本人が買い求めているだけの日本政府発行の国債。それにもかかわらず、政治家は、まだ、小手先の構造改革、国民に聞こえのいい政策で競い合っている。

 「2大政党時代」、「政権交代」、「マニフェスト」など、言葉だけが踊り、あたかも新しい時代が到来するかのような錯覚に陥りがちだ。しかし、日本人の政治感覚は、「自己中心的」過ぎて、いつも、重大な時に、重大な選択を誤って、取り返しのつかないことになる。

 福祉目的税だった「売上税」の時には、統一地方選挙で、自民党が大敗し、その後、何にでも使える一般税に切り替えた「消費税」を国民は認めた。すでに、「売上税」の導入が叫ばれていた時から、厚生年金をはじめとする社会保障制度が行き詰まることがわかっていたのだし、若い世代が、高齢者の面倒を見ることが困難になることも予想されていた。

 橋本内閣の時に、国家財政の立て直しを図るために、構造改革の必要性が叫ばれた時にも、立ち直りかけた景気が後退したとして、国民は、政権政党の自民党を支持しなかった。世界の先進国が、こぞって、財政改革を断行するなかで、日本だけが、膨大な借金を重ねて、抜き差しならない泥沼状態にはまっていった。

 国民のレベル以上の国政が行われることはない、というのは歴史的事実だが、それにしても、なぜ、国民は、自らの立たされている政治的、経済的な状況を直視しようとしないのだろうか。

 自民党の政治家は、ことここに及んでも、陳情政治を謳い文句に、有権者の支持を取り付けるのに必死だし、攻める民主党も、首都圏を除く高速道の無料化などという、非現実的な政策を掲げて、国民の人気を煽っている。

 国民は、国家財政の先行きを案じ、年金制度なども、どんどん増える被保険者の数を、どんどん少なくなる若年労働力で、どうして支えていけるのかと懐疑的になっている。大きくなり過ぎた政府、地方自治体をスリムにするために、さまざまな政策が掲げられているが、なかなか改善がはかどらない。

 政府、地方自治体には、そこに生活基盤を置いている政治家や官僚、役人などが、張りついていて、なかなか利権、既得権を手放そうとしない。国民が、強く支持しなければ、これらの改革は行い得ない。

 江戸時代のさまざまな改革は、結局、「水清ければ魚棲まず」の言葉のように、大きな成果を挙げ得ず、改革を阻む人々の手によって阻止され、やがて江戸幕府の瓦解へと、つながった。

 改革は、痛みを伴う。しかし、改革しなければ、政府の財政が立ち行かなくなる。政府が倒れるような状況に陥れば、人心は荒廃し、やがて国民の目を、国家の実態から反らせるための、さまざまな目先の政策が繰り出されることになる。

 いま、まさに、国家財政が破綻の危機に瀕しているのに、政治家は、自らが当選するために、国民に、聞こえのいい公約を掲げて、票に結びつきにくいが、絶対避けて通れない改革を絵空ごとにしてしまいかねない。

 攻める側も、守る側も、ただ、自らの当選のために、なりふりかまわず、政策にならない政策を掲げて、街頭を走りまわり、国民の支持を訴えている。マスコミも、自らに、何か時代を変え得る力があるかの如くに、「正義の味方」を演じたがっている。

 しかし、いま、崖っ渕に立たされている日本の政府、地方自治体を、誰が責任をもって立ち直らせるのか、その力を発揮できる政治家、政党を、国民が正しく選択できるのかどうか。悲観的である。どの政治家、政党も、国民に媚びている以上、正しい選択肢が見出しにくい。

 国民の選挙への関心は高まっているようだ。しかし、政治への関心が高いのかどうか。構造改革は国民の関心度としては必ずしも高くないようで、選挙戦を通じて、政治家も十分、示し得なかったようだ。

 しかし、総選挙後に誕生する、新しい政府が直面する最大の政治的課題は、行き詰まりを見せている国家財政の立て直しと、大きな政府、地方自治体の構造改革の推進であり、国民に見える形で示してほしいのだが。






高橋燕市長申出書提出 財政に明るい新市長の選出を
 2003・11・6

 新潟県燕市の高橋甚一市長が、10月29日朝、赤塚功議長に、11月7日をもって、市長を辞職したい旨の申出書を提出した。辞職する場合、辞職する日付を決めていなければ、申出書を提出後、20日で自動的に辞職が確定するが、辞職する日を明らかにした場合には、市議会の同意を必要とする。

 これを受理した燕市議会としては、受理後5日以内に、燕市選挙管理委員会に通達しなければならず、同市議会では、10月31日通達の予定。そして、11月5日に、臨時会を開いて、同意について諮る。同日午前9時から議会運営委員会を開き、9時半から議員協議会、10時半から臨時会本会議、本会議閉会後、記者会見を行う。

 燕市選挙管理委員会は、通達を受けた後、委員会を開いて、高橋市長辞職後の市長選挙の日程を協議する。公職選挙法で通達後50日以内と定めているため、年内には選挙が行われることになる。

 合併反対派のなかには、高橋市長の続投を望む声もあるという。高橋市長が、自ら市政を行っていて、今後、三条市など旧県央東部4市町村と合併しなければ、市政運営ができなくなるという覚悟で、合併の運動を進めた以上、合併が否定されたのだから、当然辞めざるを得ない。

 次の市長が、誰になるとしても、単独で市政運営をしていく限り、福祉政策の後退、老朽化している、し尿処理施設建設への対応、老朽化している水道施設改善、そのほか、ガス施設の敷設換えなど目白押しの大きな事業に備えなければならない。単独では現状のサービスを維持できないし、住民負担は重くなる。

 さらには、今後、地方への権限移譲で、地方債は発行しやすくなる。これまで国の許可が必要だったが、反面、国が償還を保証してくれた。しかし、今後は、地方債を発行する場合は、国と事前協議するだけでいい。ただし、国は償還について保証しない。

 したがって、財務内容が健全な市町村の地方債は、利率が低くても、買い手がつくが、財務内容が悪い市町村の場合は、地方債を発行するにも、利率を高くしなければならないし、発行しても売れないという事態になる。

 合併反対派は、こうした現実を無視して、燕市単独の方向を選択したのだから、やむを得ないこと。合併賛成派のなかには、合併に反対した人たちが「実際に市長を務めてみればいい」と、ふてくされて言う人もいたが、そんなものではない。

 現在の国の状況、地方自治体の将来を十分理解しようとせず、非現実的な情報で、理解不足の市民を合併反対に陥れた市民が市政を担当したら、たちまち、燕市は奈落の底に転落する。

 燕市の財政の現状を十分理解している市民が市政を担当し、行政改革という住民サービスの切り下げと、住民負担の増加に、果敢に取り組まなければならない。それでも、燕市は吉田町と合併した方がいい、あるいは合併しない方がいいと市民が言うのかどうか、確かめてみなければならない。

 実際に、単独で行くとなると、このように住民サービスが低下し、住民負担がアップするという現実を目の当たりにすれば、国際世界で日本の置かれている立場と、あるべき日本の姿を理解できなかった市民でも、納得できるだろう。

 今後1年間は、住民投票の結果を重んじることになるだろうが、市長が交替すれば、新しい政策のもとで、もう一度、合併問題に取り組むこともできる。合併して、コストのかからない市政を行うことが、当面、単独でいかざるを得ない燕市の実情だ。今度こそ目が覚めるだろう。






単独の道険し 反対派、勝ってはみたが
 2003・11・5

 新潟県燕市の住民投票の結果、負けた合併賛成派は、虚脱感に襲われ、勝った反対派も、万歳したまではよかったが、高橋甚一市長の引退後のシナリオもなく、ましてや、すでに現在の福祉政策などを後退させなければ、平成16年度の予算も組めないほど困窮している市財政について、責任を取れる立場にない。

 燕市役所職員らは、「財政が苦しくなったのは、これといって大きな事業を行ったためではない。市税収入が落ち込み、国からの地方交付税交付金も減らされ、補助事業の市負担分も増すばかりで、事業ができない」と嘆く。

 吉田町との合併を目指すにしても、すぐに合併の話が進むわけでない。現状では、吉田町との合併もできず、単独でいくことになる可能性も大きい。

 合併反対派の市議などは、「福祉政策などは現状のままとし、例えば、消雪パイプの維持費など、これまで市が負担してきた費用を、市民に負担してもらうなど工夫すればよい」と言う。いずれにしても、単独でいくということは、現在の財政状況からみて、即、住民負担の増加か、サービスの切り下げのいずれかを選択せざるを得ない。

 その点を市民に明らかにしないで、「合併すれば、保育料、水道料、ガス料金などが上る」という、事実と異なる意見をチラシにして配布してきた。単独でいくとなると、福祉政策、農業対策事業など、浅く、広く、経費を詰めて、財政破綻しないように、今から財政の立て直しをしなければ間に合わない。

 結果が出てから、正副議長らが、高橋甚一市長に辞任しないように頼んでいるというがナンセンスな話だ。高橋市長は、単独ではこうした問題が出てくるので、政治生命を賭けて、合併賛成の先頭に立って運動してきた。合併できないままに、政治を続けることなど考えられない。

 単独の険しい道を選んだ燕市は、これから、当分の間、熱い湯に入って、じっと我慢しなければならない。マイナスの努力を強いられるだけで、将来の展望が開けない燕市政では、賢い市民は市長になりたがらないだろう。

 高橋市長が議長に辞表を出すと、その後50日以内に市長選挙を行わなければならない。合併反対派、賛成派の双方とも、これだけ厳しい経済環境下、住民投票で、お金と体力を使い果たして、これ以上、市を二分した市長選挙に取り組みたくないだろう。

 ましてや、10月28日、総選挙が公示され、11月9日の投票日に向けて、短期決戦が繰り広げられる。燕市を含む新潟2区では、自民党公認の前代議士近藤基彦候補を、前自由党代議士(比例区)の藤島正之候補が、激しく追い上げ、特に、藤島候補の出身地柏崎市と、産業立市の燕市では、藤島候補が地盤を広げている。そこに2大政党時代の幕開けとばかりに、民主党公認の坂上冨男候補が割って入っている。激しい選挙戦だ。

 燕市は、市長選、県議選などで、常に市を二分した激しい選挙を戦ってきた。それに懲りて、両派が歩み寄って、誕生させたのが高橋甚一市長だっただけに、このたびの住民投票で、市民が真ッ二つに割れて戦ったしこりは大きい。

 果たして、高橋甚一市長の辞任後に、誰が、市長選に立候補するのか。時間が限られているなかで、このしこりを引きずるだろう。新しくも、険しい道のりを歩む燕市、その言葉が、現実の姿となって燕市民にのしかかってくる。