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越後ジャーナル
パルジェ
合併問題しばらくお預け?
2003・5・23
臨時会の初日、5月13日には、新潟県県央東部での合併推進派と反対派が10人ずつで、議長を出した方が負けるということで、譲り合い、結局、議長はじめ何も決まらなかった新潟県燕市議会。仕切りなおしの20日の臨時会最終日本会議では、1回目の投票で、反対派が名前を書いた赤塚功市議と、推進派が書いた大山治郎前議長の得票が10票ずつとなり、両氏がくじを引いたところ、赤塚市議の当選が決まった。
赤塚市議は、仮議長であり、これまで同様、議長席から、当選御礼の挨拶。一部に大山前議長が、議長を引き受けるという報道もあったし、大方は、得票は10票ずつになり、大山前議長が当選のくじを引くまで、赤塚市議は当選しても辞退し続けるという見方だった。
赤塚市議が、挨拶を始めてからも、「浅学非才、経験不足」という枕の部分は、4回も当選、辞退し続けた13日の挨拶と同じだけに、まだ「辞退するだろう」と、記者席を埋め尽くした報道陣、傍聴席の市民、あるいは、理事者側も気軽に聞いていた。
ところが、赤塚市議は、本紙の記事でも報じているように、議長を引き受けることで、力をこめて挨拶を締めくくった。会場にはどよめきこそなかったが、予想外という雰囲気。それも、たまたま、1回の投票で、決着がついたのだから、ある意味では拍子抜け。
赤塚市議が、議長席から、休憩を宣して退場するや、報道陣は赤塚新議長を廊下で取り囲み、突然の非公式インタビュー。また、議長が決まったというので、議長のインタビューの後には、高橋甚一市長の合併に対する今後の方向性について聞こうと、報道陣が群がった。県央東部合併研究会から法定協議会へ移行する議案を「6月定例会に提案するのかどうか」と詰め寄っていた。
いずれにしても、合併推進派の急先鋒と受け取られてきた大山前議長が、今回、くじ引きの結果にしろ、大方の予想と裏腹に、敗れて議長につけなかった。また、推進派の赤塚市議が議長になり、推進派の数が一人不足、不利になることに変わりはない。
赤塚市議は、議長就任後も、「県央東部との合併を推進するよう努力する」と、意欲のほどをのぞかせた。しかし、県央東部での合併に反対している大岩勉市議が副議長に当選。議会運営にあたっては、バランスが取れていいが、こと県央東部の合併に限っては容易ではない。
高橋甚一市長は、なにはともあれ、議長、副議長など議会人事が決まり、「ようやく議会も正常化した」と、ほっとしていた。市議会の人事が決まらなければ、何事も始まらない。「市政は合併問題だけでない」という思いが強いようだ。合併問題を巡っては、推進か反対かで市議会はもめるとしても、それは、市議会人事が固まって、正常化してからの話というわけだ。
高橋甚一市長は、県央東部での合併に積極的だが、反対派議員を推進派に転向させてまで、市議会を合併推進の方向にまとめる気持ちはない。今までは、市議会の人事が固まるのをじっと見守ってきた。
さて、燕市議会人事も決まり、これから、高橋甚一市長が、県央東部の合併について、どのように考えて、対応するのか。三条市をはじめ、そのほかの市町村が燕市議会の動きを見守ってきたが、今度は、高橋甚一市長の見通しの開陳が重要な鍵になる。
近く、県央東部の関係市町村の首長が集まって、当面の燕市の見通しを、高橋甚一市長から聞いた上で、今後、確実な道を歩むことになる。もちろん、高橋甚一市長の見通しがあいまいなものであれば、これ以上、燕市議会の状況が好転するまで待つわけにいかなかくなる。
合併は大きな時代の流れであり、合併反対に回った川上靖夫元議長の有力な支持者も「(川上元議長は)解散前に、合併反対に回ったが、時代の流れは確実に、30万都市を目指した合併の方向に流れている。川上元議長が、今回の改選で票を大きく減らしたことも、その現れだ」と分析している。
いずれにしても、高橋甚一市長が、今後、反対派市議を切り崩せないとしたら、業界が、吉田町と一緒になって県央東部での合併をめざし、1人でも、2人でも、必死になって反対派市議の切り崩しを図るべきだろう。6月定例会まで、多めにみても、あと1カ月とない。
岐路に立つ県央東部の合併
2003・5・21
議長選挙を巡って、暗礁に乗り上げた新潟県燕市議会。ついに、5月14日、平山征夫県知事が、もう一度、合併問題について基本に立ち返って協議してもらいたいし、県としてもできることはすると語るなど、単に燕市だけの問題ではなく、県知事をも憂慮させる事態に発展した。
県央東部との合併推進派と反対派の力が10対10と拮抗している。お互いに、議長を取れば負けるという意識が強い。特に、反対派の結束は強く、選挙を通じて、合併反対から合併推進に変わった赤塚功市議を標的にして攻撃を仕掛けている。
合併推進派の結束力は必ずしも強くない。臨時会初日から、休憩の連続、議長選挙では、6回も同じことの繰り返しで、とうとう一日、なんの成果もなく経過した。合併推進のために市議になった新人4人の言動から、腹立たしさすら感じているのが読み取れた。
本当に将来の県央地域のことを考えた場合に、果たして、分水町、寺泊町、弥彦村の三つが合併し、燕市と吉田町が合併することで解決するのか。合併しなければ、やがてそれぞれの財政が持たなくなるのは自明で、すでに財政が逼迫して、行政サービスが低下している。
議員も事態を理解しているから、合併反対を言い出せない。「合併したくない」という住民感情を逆に利用して、隣接する市町村で合併するという、最小限のところで手を打ってお茶を濁す。当座を凌ごうとしている風がうかがえる。
しかし、「覆水盆に返らず」である。政治は一度選択を誤ると、なかなかもとに戻せない。合併推進派の首長、議員は、これまで、県央11市町村の大同合併を目指しながらも、当面は、燕市を含む県央東部地域で合併し、チャンスがあれば、吉田町や西蒲南部とも合併するという気概で進めてきた。
合併反対の急先鋒の小池清彦加茂市長が率いる加茂市は、同市長の3選で当面合併はないとしても、その他の市町村は、それなりに合併の道を模索して取り組んできた。それが、燕市議会の議員同士の確執によって、所期の目的を逸して合併ができないとなれば、燕市の失うものは余りにも大きい。
吉田町と燕市の合併は、一から仕切りなおし。吉田町の金子勝町長は、燕市との合併を目指していると言われる。果たして、西蒲南部の合併を蹴ってから、しばらくの冷却期間を置いているとはいえ、すんなりと燕市との合併に持っていけるのだろうか。
燕市も、これから、また苦労して吉田町との合併の道を模索し、人口6万人の新しい市を築いてみても、吉田町と燕市の中間地域を新しい都市の中核として都市づくりすることが可能なのか。新しい市にそれだけの財政力はあるのだろうか。
県央地域をより結束の強いものにするために、市町村が大同合併して、余力を重点的に投資していくのが、いわゆる都市づくりの上で、一番大事な事柄なのだが。住民が理解しやすいなどというレベルで燕市と吉田町との合併を唱えてみても、新しい都市の姿が描けないのではなかろうか。
川上靖夫君よ 今だから言う 速やかに大同合併の道を選べ
2003・5・15
新潟県燕市議会の会派構成は、前回の市長選に立候補した阿部健二市議の返り咲きで、意外な展開を見せた。
草の会の大岩勉市議が、行き場のない阿部市議を拾い、そのことで、逆に新人を獲得できず、最小限の2人の会派に止まった。
前議長の大山治郎市議らは、県央東部での合併推進を掲げる新人の多くを迎え、「燕和会」という新たな会派を結成。
そして、県央東部での合併に反対してきた川上靖夫市議らは、第2会派の飛燕会を結成した。
吉田町が、県央東部での合併より、燕市との合併を望んでいるというが、行政を知る関係者は、合併して6万人規模の市をつくっても、将来の都市づくりを考える上でメリットはないと言う。むしろ、合併に伴なう人的、事務的なロスの方が大きいとしている。
合併するのであれば、順序はともかく、県央東部と吉田町を含む6市町村を一つにまとめて、環境整備をはじめ、さまざまな都市基盤整備を進め、真に国際的な産業立市を目指すべきだろう。
県央地域は、国際的な港湾、空港こそ備えていないが、新潟東港、新潟空港から、車で1時間とかからない至近距離にあって、まだまだ発展の可能性を秘めている。その中核になるのが、三条市、燕市、吉田町でなくて、どこだろう。
川上市議は、三条実業高校の同期生をはじめ、支持者には経済人が多く、このたびの選挙の際にも、「県央東部、吉田町との合併をすべきだ」と、口をすっぱくして言われているはず。
なぜ、順序にこだわって、県央東部との合併に反対し、この好機を逸しようとしているのか。
合併反対から合併賛成に回るのが不都合なら、すみやかに議長を引き受けて、最近、顔色が冴えない高橋甚一市長を助けて男を上げるくらいの才覚を発揮すべきだろう。
1度ならず、2度、3度と県議、市長の有力候補に上りながら、腰を切れなかった川上市議が、最初で最後の男を上げる機会である。支持者も、川上市議に、その道を歩むことを強く進言すべきだ。
吉田町も含めた県央東部、もし、県央東部という呼び方が相応しくないのなら、まさにそのものズバリ「県央」としてでも、大同団結の道を開くべきだ。
吉田町が大同団結の道を選べば、分水町、寺泊町、弥彦村も、当然、大同団結の大道に就く日がくるだろう。
異端児小池清彦市長の率いる加茂市は、合併後の下田村と田上町に挟まれ、奥は県境を越える道もない袋小路で、穴倉生活を強いられる。国道403号線の開通によって、唯一、県央並びに他県に通じるだけだから、大きく発展する可能性はない。やがて合併の道を歩まざるを得ない。
川上市議の決断によって、燕市の合併の流れは大きく変わるのだということを、本人がもっとも自覚しなければならないし、それが、支持者の期待に応えることでもある。
3期目の小池市政に集まる市民の熱い期待
2003・5・13
あっという間にサクラの季節も終わり、新潟県加茂市の加茂山は新緑に覆われている。統一地方選に目がいき、4月1カ月間、加茂山公園を中心にさまざまなイベントが繰り広げられた雪椿まつりを楽しむこともなかった。
加茂市長選挙の裏舞台を追った取材活動も、反市長派の「対立候補を選出できず」という結末で拍子抜け。結局、終始一貫、無投票当選阻止で立候補した、義民「坂上時平」さんのもとに、なんと7000票近い批判票が集まり、小池市長に猛省を求める市民の声が集約される形になった。
政治を知る身としては、「批判票が多かったことで、小池市長は十分反省する」などという甘さはない。選挙は、1票差でも「勝てば官軍」、「負ければ賊軍」である。
小池市長の批判派のなかには、小池市長が立候補した時からの反対派、2期目からの反対派、そして、今回、3期目で明確に反対の意思表示をした反対派と分かれるが、いずれにしても、反市長派は、これからの4年間、「賊軍」として、小池市長と向き合うか、もしくは、加茂市政に背を向けていくかしかないだろう。
市議会も、新しい会派構成の動きが始まったが、7000票の批判票を反映する市議会に生まれ変われるのかどうか。
明確に小池市長に対して是々非々の立場を取ってきた社民党・市民連合の星野昭吾、大関勝正両市議、政友クラブの安武秀敏市議、共産党としての立場で審議に臨んできた大桃一明市議、今井詔一市議、小池市長支持派が多い保守系市議のなかで、いまひとつ厳しさがなかったが、一応是々非々で臨んできた安中弘市議ら、そして、是々非々で臨むと明言してきた新人の田沢弘一、高井保、森山一理市議ら。今後、どのようなスタンスで市議会に臨むのか。
新会派構成から始まって、今後の議会活動から目が離せない。
これまでと同じで、小池市長の言うことはなんでもOK。「小池市長に任せておけばいい」式の市議会運営では、お話にならない。
特に、改選前の土壇場の議会で物議をかもし出した、温泉の出なくなった「加茂美人の湯」について、原因とその後の補修工事の経過、工事費の負担と、責任問題について、まだ明確な結論が出されていない。
ますます、苦しくなる加茂市の財政など、小池市長が単に小泉政権批判をしていれば済むわけではない。
「合併せずに加茂市単独でいく」という小池市長を1万2000人と多くの市民が支持した以上、加茂市民も、単独でも健全に運営できる加茂市政を構築する責任の一端がある。
小池市長に任せっぱなしで、悪い結果がでたら小池市長の責任にするというようなことは無責任。結果は、市民に跳ね返ってくる。
加茂市民は、小池市政の3期目に大いに期待しながら、一方で、成り行きに充分注目していかなければならない。
小池市長に多くの期待が集まっている加茂市だけに、小池市長も、これまで以上に粉骨砕身、加茂市の発展と、名実ともに「日本一の加茂市」を築くために邁進するだろう。
「元気なのは小池市長だけ」とは、市民の皮肉ではなく、現実の姿であり、大いに発奮して、市民の期待に応えてもらいたいものだ。
議員活動をHPに 戦力になること請け合い
2003・5・13
若い市町村議員が増えるにつれて、議員活動や議員の個人的なパーソナリティーを表現する手段として、インターネットの活用が今後、ますます普及していくだろう。
総理大臣、著名な国会議員など、多忙な政治家のホームページは、当然、本人が直接表現するよりも、才能のあるスタッフが、総力をあげて作り上げている。ホームページやeメールから必ずしも、個人のカラーは推測できない。
お金もないし、スタッフもいない若い市町村議員は、自ら手作りでホームページを立ち上げ、自らeメールを送受信することになる。それだけに、その議員のカラーがはっきり出てきて面白い。
残念ながら、小生が現在見ている新潟県県央地域の議員のホームページは、三条市議会議員の佐野徹氏の「三条市議会議員佐野とおる」と、このたび、田上町議会議員に無投票当選した新人の池井豊氏の「イケイケいけいのGOGOジャーナル」だけだ。もっと多くの市町村議員がホームページを開設しているのだろうが、積極的に調べているわけでないので今はわからない。
各市町村の有権者の何パーセントが、日常的にインターネットを駆使して情報収集しているのかわからない。一般的に、議員レベルでは、まだ、支持者はもとより、有権者に、政治活動の一端を伝えるための有効な手段という認識は持たれていないようだ。
有効な手段と認識していても、自らの手でホームページを作れないとなると、維持にお金がかかり過ぎる。まめに更新できないと、時代の早い流れについていけないため、逆効果にもなりかねない。
ホームページは、まだ、選挙期間中は「当ホームページは告示の1日前(4月19日)に公職選挙法の規定により更新(掲示板への返信を含む)を停止いたします」(「佐野とおる」のHPより)というわけで、フル活用できない。
しかし、過去に作成した内容は、選挙期間中でも見ることができる。ある意味では、選挙期間中にも有効な内容を停止以前に、十分、考えて、ホームページに入力しておけばいい。
本紙のホームページも、昨年8月開設後、毎月、アクセス者数が伸びて、4月は1カ月間で延べ9930人に及んでいる。多い日は1日500人を超えるという具合だから、議員のホームページも、飽きられない程度に更新していけば、強力なPRの媒体になる。
中高年でも、手紙、ファクスに代わる便利な手段としてインターネットが活用されている。若い世代は、個人のホームページを持つのが当たり前の時代。平素、お喋りをしているのと同じ感覚で、自己表現するひとつの手段だ。
街頭演説で、有権者に政治理念、政策などを訴えていく政治家。自らの生身の姿を有権者に知ってもらう上では街頭演説も必要だが、より、伝えたい内容、特に表現が難しい内容を十分伝える手法として、議員がホームページを活用しない手はない。
もちろん、見る人が見ると、ホームページで、議員の思考力、表現力、創造力まで見抜かれる。安易な取り組みは危険を伴うが、表現するのが政治家の宿命なのだから、人前で演説するのと同じ程度には、ホームページでの表現にも努力を払う必要があるだろう。