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  越後ジャーナル
  パルジェ
現実直視した行政を 別の道を歩む三条、燕  2004・1・27

 新潟県三条市は、県央東部5市町村の合併から、燕市と田上町が抜けて、栄町、下田村と3市町村で合併する方向で、法定合併協議会設置に向けて動き始め、燕市は、成功するか否かに関わらず、まず、吉田町との合併を模索することを決めた。

 このことによって、まず、旧県央東部の合併、さらには、県央地域の大合併への道のりは、限りなく遠のいた、と見なければならない。三条市、燕市ともに、これまで目指した理想的な合併を、理想として掲げつづけるのはよいとしても、現実的には、南蒲原の中核都市である「三条・栄・下田」市と、西蒲原の中核都市「燕・吉田」市として、異なった将来像を描いていかざるを得ない。

 新しい二つの市の名称はどのようになるのかは別として、便宜上、合併する市町村名を並べ、くくっておくが、この二つの市が、それぞれ現実的な新市の基盤を築くために、何を手がけていくべきか。合併特例債の認められる平成17年3月までの合併、もしくはその時点で合併が確実な状態を目指して進めてきたが、「三条・栄・下田」市は、今の手順が順調にいって、ぎりぎり滑りこみセーフ。「燕・吉田」市は、むしろ合併特例債を期待しないで、じっくりと進めていかざるを得ないだろう。

 合併特例債で、現状ではできない、さまざまな事業を手がけようというのが、小規模で、財政が行き詰まっている市町村の思惑だろうが、それよりも、合併し、一つの市となるために行わなければならない、コンピュータシステムの共通化など、さまざまな優先的事業が横たわっている。

 これまで、長い間、各市町村が別々の行政機関として、それぞれの地域の行政を手がけてきた以上、それを一つにまとめるために費やさなければならない経費的、時間的、人的エネルギーは想像を絶するものがあるはず。

 「三条・栄・下田」市が法定合併協議会を設置する方向に至るまでにも、すでに、人と、金と、時間をどれだけ費やしてきたか。「燕・吉田」市に至っては、まだ、合併するか、しないかすらも、話し合われていない。燕市は旧県央東部での合併を、吉田町は西蒲南部での合併を模索しながら、いずれも、空しく頓挫した。

 その二つの市町がひとつの市を築こうとするのだから、今後も、さまざまな困難を乗越えなければならない。吉田町は、失敗した金子勝町長が自死という形にしろ、当時の泉光一助役に交替した。しかし、燕市は、失敗した高橋甚一市長が、出直し選挙の洗礼を受けたとはいえ、同一人である。

 決して平坦な道のりではないが、三条市、燕市が、それぞれの新市合併のリーダーシップを取って進めていかなければならないし、二つの新市が誕生し、名実ともに、南蒲と西蒲の中核として、さらに、それぞれの地域で規模を拡大していく道のりを模索することができたならば、新たな行政の枠組みが生まれるだろう。

 ただ、二つの新市の連携した行政運営は、緩衝役を務める小さな町村がなくなるのだから、これまで以上に、折衝が難しくなることも考えておかなければならない。特に、三条市に対して、対抗意識の強い燕市は、新市誕生の暁には、より、西蒲色を強くするだろうから、南蒲と、西蒲の方向性の違いは決定的になるとみるべきだろう。
 そのことを踏まえて、新市結成の段階から、「三条・栄・下田」市も、「燕・吉田」市も、覚悟を決めて合併後の行政システムを考えていかなければならない。都合のいいところだけを相手に甘えるような政治は、今後、二つの新市にあっては通用しない。

 県央東部、あるいは、県央の大合併を当面目指すことができなかった政治的なツケが、今後、どれほど、二つの市の市民負担を増大させるかは、政治を知る首長、議員が最もよく理解していること。

 しかし、県央地域では、すでに二つの市を結成する方向、あるいは、今後の運営が大変、危険な状態になっていると伝えられる「分水・寺泊・弥彦」市を含め三つの道を歩き始めている現実を否定できない。

 それぞれの市町村民は、理想を追わず、現実的に物事に対処していかなければならない。本紙も、そのことを肝に銘じて、「三条・栄・下田」市、「燕・吉田」市の二つのエリアでの取材に力を入れていきたい。合併の道を目指さない加茂市、田上町については、これまで通り「加茂・田上版」で別に報道していくにしても、一考を要するところだ。





「有効期限の過ぎた亭主…」読みながら
  2004・1・23

 「有効期限の過ぎた亭主・賞味期限の切れた女房」という新聞広告に掲載されたタイトルが面白くって、家内に買ってきてもらった漫談家・綾小路きみまろ著「綾小路きみまろ独演会・有効期限の過ぎた亭主・賞味期限の切れた女房」(PHP文庫刊)。

 1年ほど前に、同名の単行本が出版され、アッという間に部数が20万部を超えた。今回、より多くの人に読んでもらおうと、文庫版として、新たに、子どものころや青年時代、出身地の鹿児島県を後にした時の思い出の写真などを加えて、出版したという。

 読書家は、読む、読まないに関わらず、すでに、あまりにも有名になった同書の出版について知っていたようだが、恥ずかしながら、小生、「綾小路きみまろ」が、人気の漫談家であることすら知らなかった。

 読んでいくほどに、65歳から70歳、早い人は60歳くらいで迎える体調の変化、体調の変化が原因で始まる夫婦生活の変化というか、男女の営みの変化というか、当事者にとっては深刻な悩みにさえなりかねない、さまざまな変化を自覚させられる。

 綾小路きみまろは、それを見事にとらえて、創作漫談のネタにする。漫談のほとんどがそうした中高年の話で、例えとして、幾つかを選び抜きようがない。しいて挙げれば、「贅沢もしないのに 贅肉がつき/贅肉を 集め集めてCカップ」、「ボディスーツ 脱いだ瞬間かゆくなる/おとうさん、かいてください」。

 あるいは「ひとりしかいない亭主に、多額の生命保険をかけ、かけたその日から塩分を与えれば、必ずや幸せがやってくる。奥様、笑わずに実行することです」、あるいは、「あの若いころ、女房の顔を見るだけで、心がときめいた時代がありました。あれから40年。いま、女房の顔を見るたんびに不整脈」。

 この「あれから40年」という話が幾つもあって、実に現実をよくとらえていて、笑った後に、一抹の寂しさすら感じさせる。「昔は手を取り合っていました。あれから40年。いま、財産を取り合っています」、「昔は喋り足らず、夜中まで喋ったものです。あれから40年。いま、口を開けるのは、薬を飲むときと、歯を磨くときだけです」

 漫談だから、はじめから、笑おうと思って、話を聞きに行き、あるいは、こうした本を読んで、笑うのだが、笑いを理解しない、理解したがらない人には、こうした話の一つひとつがバカバカしいかもしれない。特に、漫談の語り口が直接感じられない本などでは、おおよそ、理解できないだろう。

 しかし、何気ない人生の哀歓を笑いに変えることで、実は、誰もが一度は、通る道であることを理解させ、変化と上手に付き合いながら明るく生きる勇気を与えてくれるのだ。多分、この活字化された漫談は、中高年の婦人が多く詰めかけている歌謡ショーの幕間の話として、あるいは、高座に上がってからの話として磨かれてきたのだろう。

 同書に漫談と合わせて掲載されている履歴を読めば、司会者を目指して、単身上京し、新聞配達をしながら大学に進み、キャバレーの司会から、森進一、小林幸子の専属司会、そして、鈴々舎馬風の師匠の門下に入って、話芸の王道である高座で、漫談を語るまでになった経過を知ることができる。

 実は、こうした理屈を書いてみても始まらない。本を読み、テープを聞き、綾小路きみまろ自身が「独立の記」のなかで、「機会があったら、ぜひ生のステージを観て欲しい」と記しているように、観て、理屈抜きで笑うのが一番。

 「そんな今日このごろ。最も日本人が大事にしてきた義理人情、笑い、感動を忘れかけているのではないかと思い悩んでいる」と、綾小路きみまろが書く。心の底から声を出して笑えるのは人間の特権。大いに笑って、人生を楽しいものにしたい。





寂寥感漂う冬の浜辺 メルヘン美術館で拾った温もり
  2004・1・20

 
成人の日が、小正月の15日でなく、連休を考慮して第2月曜日に変わったのはいいが、土曜日の10日は、三条商工会議所の産業カレンダーが営業日というので、小生は通常勤務。結局、通常の休みと同じことになった。

 例年、小正月の連休は、官公庁は仕事をしているので、公営の美術館や資料館を見学するのに便利と、県外に足を伸ばしてきたのだが、今年は、地元で、なんとなく時間を費やしてしまった。

 たまたま、今年は、雪国の冬にしては、気候が穏やかで、道足もよく、ちょっと、出かけるには便利。月曜日の12日は、町内ごとに、丈の高い松の枝に篠竹で作ったどんど焼きを焚いている野積浜を回って、角田浜の「ガラスのメルヘン美術館」へ。

 笑われそうだが、いままで、一度も足を運んだことがない。角田浜の灯台を過ぎ、道が、新潟市方向へ行く道と、角田浜から巻町に通じる道に大きく二つに分かれる。右に大きくカーブを切ると、右手に砂利採集場があって、周囲の景観は変わっているが、昔、歩いた懐かしい砂丘地が広がっていた。

 枯れ草に覆われているが、いたるところに砂が流れて、蒲原平野の趣とどこか異なる。しばらくして、下り坂になるあたり、「カーブドッチ」の看板が目に入った。左手に折れると、そこは未舗装の小砂利の混じった砂の道。砂と言えば、安倍公房の「砂の女」を思いだし、鳥取砂丘でひとり遊んだ小春日和の日のことが偲ばれる。

 かつては野菜畑でもあったのだろうが、今は縦に背の丈ほどに剪定された枯れ枝が伸びたブドウ畑になっている一角を過ぎると、初めて見るカーブドッチの落ちついた建物が並び、目的の「ガラスのメルヘン美術館」に着いた。

日本海から吹き込んでくる風のせいで、冬でも雪の量は多くないのだろうし、ことしは特に少ないと見えて、残雪すら見られない。駐車場から美術館の建物までの芝生を敷いた散歩道を歩くと、足裏にやわらかさが伝わってきて心地よい。

 ひと目でラベンダーとわかる枝が緑をとどめている。あちこちに、名前はわからないが、僅かに葉をとどめたハーブが姿を覗かせ、近付くとほのかな香りが漂っている。いつ頃建てられた建物なのか。風雨にさらされているテラスの柱のなかには、すでに、幾分朽ちかけているものも。

 戸外に人影はなく、寂寥感の漂う砂丘地の一角に建てられた美術館。ドアを押して中に入ると、店員が「いま、清掃中ですが」と恐縮していた。目に飛びこんできた「ガラスのお雛様」をはじめ、輝いているトンボなど、ガラスの昆虫と、まさにメルヘン美術館の名前通りのメルヘンチックな世界が広がっていた。

 小生は目の保養をしながら、奥まった一角の作家の作品展示コーナーで、ガラスの器を見学。なかに、黄瀬戸を連想させるような、全体が黄色く輝く高台付きのガラスの器が展示されていた。内面に邪魔にならない程度に金粉が散らされている。

] 値段は、6000円と手ごろなので、いまならデザートを盛ってもいいし、夏には美味しいそうめんを食べる器にしてもいいと、ちっちゃな遊び心で買い求めた。現代工芸作家の名前などとんと知らない小生だが、新潟の出身で、現在、山梨県で修業している長谷川某の作品だと言う。

 飾って置くほどのものでなくとも、毎日使う器も、いつも工場生産されている器ばかりでなく、少しは、人の温もりの感じられる自分好みのものを使いたい。ふっとそんな思いを抱くのも、心の変化の現われだろう。






三条信用金庫★二つ 欧米系のフィッチ格付けに見る
  2004・1・15

 日刊各紙が連日のように、欧米系格付け会社フィッチ・レーティングスが、日本の信用金庫の格付けを行ったニュースを報じている。これまで、上場されている大手銀行などの格付けを行っている格付け会社はあったが、信用金庫の格付けを行う会社はなかった。

 日本の金融危機も、大手銀行では、弱いところは公的資金を注入、株価も上昇するなど、一応、警戒水位をクリアしたとされる。しかし、地方銀行の雄と言われた足利銀行が、公的資金の注入によって、最悪の事態を回避してからは、いよいよ、地方銀行、第2地方銀行の危機が取り沙汰され始めた。

 そうした微妙な時期に、信用金庫の格付けを発表したフィッチ・レーティングスの意図がどこにあるのか分からないが、金融情勢に詳しくない一般市民は、「『財務力見劣り』半数に」というような見出しや、断片的な情報を新聞などで知ることで、いらぬ不安感を抱くことになりかねない。

 信用金庫の格付けでは、全国314の信用金庫のうち、星の数が一つから三つまでの信用金庫は十分な財政力を備えているもので、なかでも、「財務力が極めて優れている」が★★★、「財務力が優れている」が★★。星の付かない「N」が、財務力が見劣りするというもの。

 信用金庫の数では、★★★は全国で32信金、★★は46信金、★は83信金。Nは153信金となっている。新潟県内の信金では、★★★の該当はなく、★★は、三条信用金庫はじめ、加茂信用金庫、直江津信用金庫、村上信用金庫の4信金。★が長岡信用金庫となっている。Nは、新井信用金庫、柏崎信用金庫、新発田信用金庫、高田信用金庫、新潟信用金庫の5信金。

 預金量、自己資本比率とも、三条信用金庫は、群を抜いて良好だが、加茂信用金庫も、預金量こそ少ないが、財務内容のよさが高く評価されている。こうした面が、一般市民によく理解されていればいいが、ただ、全国の信用金庫の半数近くが、N評価という点だけが強調されて伝わり、優良な信用金庫のイメージまでも損ねることを、関係者は警戒している。

 もっとも、Nの格付けの信用金庫でも、153信金の預金量は49兆5000億円(2003年期末時点)で、資産は52兆円。必要な公的資金は2兆円。約2兆円の公的資金の注入を受けた、りそな銀行の預金量は22兆4000億円。それに比べれば、N格付けの信用金庫の健全化には、預金量に比べて、極めて少ない公的資金で済むということになる。

 昨年の予算委員会で、党首討論を行った菅直人民主党党首でさえも、信用金庫は、預金量が不足していて、貸し渋りをしているという程度の理解で、実は、多くの信用金庫は、自己資本比率も高く、むしろ、預金量に対する貸出金の比率が、50パーセントを割っているところもある実態を知らなかった。

 むしろ、今年から来年にかけての金融機関の整理淘汰は、地方銀行、第2地方銀行だろうというのが、金融機関関係者の見方だ。大手銀行の場合、あるいは地方銀行の足利銀行などは、一時国営化で救済したが、今後、発生してくる財務体質の悪い地方銀行、第2地方銀行の経営不振には、公的資金を注入するだけのゆとりが、政府にないのではなかろうかという見方さえある。

 新潟県の企業は、第2地方銀行の新潟中央銀行の破綻で、それまでは資金繰りにも目途がついていた企業が、資金の供給ルートを断たれて、みすみす倒産していったケースを目の当たりにしている。

 それだけ、取引銀行というのは重要であり、これから、景気が回復して、新規投資に金融機関から資金を借り入れる企業は、自らの業績もさることながら、取引先銀行の経営実態もよく理解して取引する必要があるだろう。

 金融機関にとっても、金融機関を利用している企業にとっても、今年から来年にかけての金融再編の動向を十分見極めて対応しなければならないだろう。優良企業は、株式公開、上場、私募債の発行などで資金調達できるだろうが、多くの企業は、まだまだ、市中金融機関の資金を借りるしか方法がない。

 マスコミの総論的な報道を鵜呑みにせず、それぞれの金融機関の財務内容を、ディスクロージャー誌をはじめ、さまざまな方法で調査して、取引を続けていく必要があるだろう。目先の金利の高低も問題だが、金融機関の財務内容も重要な鍵だ。