県議選はどうなるの? 県の合併対応策が見えてこない 2005・4・20
新潟県は、土地の広さの割に、人口が少なく、産業活性化が遅れて、財政基盤が弱い市町村が多い。
このため、このたびの平成の大合併では、他県よりも積極的に合併を進める市町村が多い。
特に、新潟市、長岡市など中核都市と合併したがる市町村が多い。寄らば大樹の陰というものだろうか。
それはそれとして、市町村合併がスムーズに進んでいるのに、県の合理化対策が見えてこない。
その最たるものが、県議の定数削減と選挙区の再編である。市町村の合併が進めば、当然、県議の定数も是正し、選挙区も見直さなければならないはず。
今のところ、平成7年の県議選は現行の区割りと定数で行う予定という。しかし、いつまでもそうはいくまい。平成の大合併が急速に進んでいる以上、1日も早く改めるべきだ。
県央地域を見ても、南蒲原郡では、三条市、栄町、下田村が1つになり、中之島町は長岡市と合併する。
南蒲原郡で残る町村は田上町だけ。これまで、県議は、三条市が2人、加茂市が1人、栄町、田上町、中之島町、下田村の4町村で1人だった。
ところが、合併が進むと、南蒲原郡は田上町だけが残る。県議の選挙はどうするのか。
これまで通り、新しい三条市に含まれる栄町、下田村、あるいは長岡市に含まれる中之島町は、旧南蒲原郡の選挙区として選挙を行うのか。だとしたら、三条市などは、新市の中で、現三条市と現南蒲原郡の2つの選挙区を持って、投開票事務を行わなければならず、県議選に関しては合併効果がないことになる。
新しい三条市の県議の定数を3人にしてしまうのも方法だし、定数削減であれば、南蒲原郡の県議をなくする。
もちろん、合併しなかった田上町は、県議を持たないことになるが、さりとて、田上町のためだけに、南蒲原郡の県議1議席を確保するのもおかしな話。加茂市と田上町を1選挙区として、県議1人などといったら、小池市長は猛反対するだろう。
西蒲原郡も同様で、合併によって、燕市と吉田町、分水町がひとつになる。これまで燕市は、県議1人だったが、当然、これまでの県議の定数なら新しい燕市は2人になるはず。
岩室村が新潟市と合併すると、西蒲原郡では、巻町と弥彦村が残る。西蒲原郡は現在、県議3人。今度は、何人になるのか。加茂市、田上町のように地続きでない巻町と弥彦村を同一選挙区に再編して、県議1人ということになるのか。
いずれにしても、県議の選挙区再編の話は全く聞こえてこない。市町村の合併を推進しながら、こうした県の行政改革に手をつけてこなかった平山征夫前県知事の優柔不断な態度が、逆には、広域合併をあいまいな形にし、離合集散が繰り返された要因でもある。
県の行政改革のビジョンが明確で、しっかりとした枠組みが準備されていれば、市町村合併が進んでいるのに、県議をはじめ、さまざまな県政の枠組みが全くの手付かず状態にはならなかったはず。
泉田裕彦県知事は、産業振興を掲げて当選したものの、水害、地震の災害対策に追われているようだが、市町村合併が進む中で、県の行政改革の推進にどう取り組むのか。
県議は極端な例としても、県立病院再編も見えてこない。泉田県知事は、「加茂病院は、自分が生まれた病院」などということで、小池市長の廃止、縮小反対の動きにあいまいな返事をしており、県に戻れば、県立病院再編と真正面から取り組まざるを得ない立場に立たされている。
小池市長の市長としての寿命を数えて、煮え切らない返事でお茶を濁していれば、やがて小池市長も政治生命が尽きるというのでは、後の加茂市長はいい面の皮だ。
県として、しっかりと県立病院の再編計画を立てて、県央地域でも、新たな医療体制を確立する方向性を打ち出さなければならない。
他県に比べて順調に進んでいる新潟県の市町村合併。それだけに県の対応が県民の目に見えにくいのが気にかかる。

新三条市は助役2人制に 合併、行革、改修など非常事態
5月1日からスタートする新しい三条市は、3つの大きな課題を抱えることになる。1つ目は、高橋市長が市長選挙に打って出た時の、企業経営者の感覚による行財政改革の推進を、合併後こそさらに推進しなければならないこと、2つ目は、合併後、三条市、栄町、下田村と、異なった3つの行政機構で仕事を進めてきた職員を取りまとめながら、1日も早く、統一した指揮命令系統の中で、合併効果を発揮し、広い行政エリアのなかで、合理的な行政運営を進める必要性があること、そして、三条市はもちろん、下田村も含めた中での五十嵐川改修事業を限られた期限内で成就させなければならないこと。
もちろん、現在行っている通常の市民サービスも引き続き、レベルを維持することに努めなければならない。
病気療養中の高橋一夫市長が、健康を回復して、市長職に復帰するにしても、病気を理由にして引退し、新しい市長に道を譲るにしても、市長の負担は格段に大きくなる。
この際、助役を2人制にして、市長負担を軽減する必要があるかもしれない。
新潟県は、五十嵐川改修事業のために、4月からスタートさせる三条河川改修事務所を三条総合庁舎のところに建設中。この事務所との連携を取りながら困難な仕事を進めるために、国、県から、激甚災害後の復旧事業の経験を持つ幹部職員を招聘し、改修事業の陣頭指揮を執ってもらうことも必要だろう。
近くでは、加茂川水害の後、加茂市は、加茂川、下条川、大皆川、小皆川と全市の一級河川を改修するために、当時の担当課長を新潟県から招聘、担当課長は、めどがついたところで県に戻り、やがて三条土木事務所長として栄転してきた例がある。
燕市では、下水道事業を抱え、土木事業を巡る汚職事件もあって、土木課長に、県から土木課長を招聘して対処した。
三条市の場合は、加茂市や燕市に比べて、規模が大きく、合併によって、さらに職員数も増えるので、人材は多いかもしれない。
しかし、通常の事態ではない。五十嵐川改修事業だけでも、移転対象になる多くの市民の協力を得て、限られた期限内に、改修を済ませ、なおかつ、改修だけでなく、人災とまで言われるようなこのたびの大規模水害が再び起きないように、万全の維持管理をしなければならない。下田村から三条市までの全区間が危険区域になる五十嵐川だけに、土砂崩れも含む防災体制の強化の困難さは言葉では表現しきれない。
また、今回、刈谷田川は、見附市内で堤防が決壊、栄町は、直接大きな打撃を受けなかったようだが、上流部は栃尾市、中流部は、見附市、中ノ口川を流れてくる刈谷田川も、下流部から信濃川の合流点まで、栄町を流れている。
昭和40年代の大水では、栄町鬼木地区をはじめ、広い範囲で水害に遭っている。現在の栄町民だけでなく、新しい三条市民は、刈谷田川右岸が決壊した場合、栄町や三条市の今井地区に水が押し寄せてくる怖さも常に頭に入れておかなければならない。
とにかく、河川改修という大事業が終わるまでは、市長職の負担を軽減するために、何らかの手を打たなければならない。
もちろん、合併が行政改革、合理化のためで、取り方によっては、助役2人制は、これに逆行するかもしれないが、非常事態であり、よくよく考えなければならない。
また、市民も、何でも「市長を出せ」ではなく、担当部長らの意見を聞いて判断するようにしなければならないし、担当部長ら担当職員も、市民の誤解を招かないように、市長はじめ3役の意向を踏まえたうえで、市民との意見交換ができるレベルに成長しなければならない。責任を伴う事柄は何でも、市長の判断、市長の出席を仰いでというのでは、新しい三条市の市政の運営はおぼつかない。
第一に、責任をもって対応できる行政に精通した助役を1人増やすこと、それがかなわなければ、建設部長なり、五十嵐川改修事業専任の担当課長を招聘してくる必要がある。国、県も行政改革を断行しなければならないのだから、経験豊富な人材を改修の現場に回すくらいの配慮はできるだろう。

山本閑牛著「閑牛メモ」 強烈なメッセージに感銘と畏怖
三条市本町6、山本福七さんから、山本閑牛著「続々閑牛メモ」、同「閑牛メモその4」の2冊を贈呈いただいた。
最近、僕はよく、本を読む閑がほしいと悲鳴を上げている。まとまった本を読むには、2、3時間の心にゆとりのある時間と、それを一気に読みきる気力、体力の充実が必要になっているから、なかなかまとまった本を読めない。
忙しい人は、分厚い本でも、1日、30分くらいの時間で、十数ページずつ読んで、ついには読み終えるようだが、気まぐれで、几帳面さの欠けている僕には、真似しようにもできない。
ただ、最近、会社に届けられる文芸の機関誌などの感想を書くのを僕の役割にしたのか、編集担当者から回ってくる。
自らの日中の仕事である、市民との情報交換や広告を頂く営業の仕事、時に、深夜に書きそびれた記事などを書き終え、なおかつ、記者の書き上げる原稿に目を通しながら、タイミングで半時か、小1時間、手がすくと、それらに目を通すようにしている。
もちろん、俳句、川柳、短歌、詩、あるいはエッセーなど文芸関係となると、 多くの筆者の中には、趣味という域を超えて、自らの人生を省みながら、あるいは、生き様を問いながら作品を書いておられる方々も多いので、読み始めると、結構、時間を要する。
ましてや、個人の作品をまとめた句集、詩集、エッセー集などになると、ぱらぱらと目を通して、紹介記事を書くというわけにいかなくなる。
ところどころ目を通して、面白いと思った時でも、記者の書き上げた原稿が回ってくると中断せざるを得ない。そのまま継続して読み進むわけにはいかない。目の前の仕事優先。
やむなくというか、しまいに、家に持ち帰って、食事を終えた後や、風呂上り(生活パターンが変わったことの1つに、夕食と風呂に入る順番が、完全に逆転し、悪いことだと知っているが、食事が先で、入浴が後になっている)に一服する時などに、再び読み始める。
もちろん、家に持ち帰って読みたいと思わなければ、オフィスのデスクの上に置いて、またの機会に読むことになる。作品がいい悪いというのではなく、僕の個人的な趣味の問題である。
前書きが長くなったが、山本閑牛著の2冊は、「閑牛メモその4」は、「あとがき」を読むと、「2005年1月」とあり、「続々閑牛メモ」は、「2002年」とある。
とまどうことなく、「閑牛メモその4」から読み始めた。
「はじめに」に、「もともと『閑牛メモ』は祖父(著者)から8人の孫へ残すメッセージとして書き始めたものである。それがいつの間にか友人知人へのメッセージに化けてしまった。それでつい野暮な商売の話とか、あまりに内々すぎる話とかは遠慮していた嫌いがある。そこで原点に返って、あけすけに内輪の話も手放しで書くことにした。差しさわりがあるかもしれないが責任はすべて私にある」と断り書きをされている。
新書版サイズで、120ページあまりの本で、第1部「エッセー」、第2部「閑吟抄」、第3部「句文10章」の3部構成。
山本さんは、シベリア抑留の体験者で、国鉄マンから転身してガソリンスタンド山本石油を創業した人。クリスチャンで、川柳を作り、エッセーを書いておられる。自らに、あるいは社会に真摯に向き合い、それだけに疑問を疑問のままに放っておけない人であることは、作品の端々から読み取れる。自分にも厳しく、社会にも厳しい姿勢で生きてこられただけに、エッセーも川柳も含蓄がある。
特に、エッセーには胸打たれることも多い。読み手が、「匕首を突きつけられている」と感じる場合もなきにしもあらず、だろう。
今ではガソリンスタンドの経営は息子さんに譲っておられるが、仕事に対する厳しい視点は、今も衰えていない。それが、エッセーの冒頭の「三行半」から読み取れる。自分の方からエクソンモービル(有)に販売代理店契約解消を突きつけ、実際に解消、38年間続いたモービル石油の看板を下ろした顛末が記されている。年商何兆円という有限会社のエクソンモービルに、町のガソリンスタンドが真正面から疑義を唱えて、その疑問点、時代風潮への戒めを8ページほどのエッセーにまとめておられる。なおかつ、石油業界に素人の僕にも、その矛盾点がよく理解できる内容で、赤裸々に書いている。この一篇で、とりこになって、家に持ち帰って読むことになった。
一人暮らしをしていて7・13水害で被災した亡弟の妻綾子さんの体験、著者の目から見た綾子さんの気丈な姿を、導入部を対話形式で書き起こした「7・13水害」も、「ここにも、7・13水害の被災者の姿、人生がある」という、ある種の感動を持って読んだ。
川柳とエッセーを組み合わせた「句文十章」も、川柳の説明に堕すことなく、五七五と文字数の限られた短詩形文学の川柳には読み込みきれない山本さんの思いが記されている。
具体的に、文章の一節、一節、川柳の一句、一句を書き上げて紹介できないのが残念だが、2冊を一気に読み終え、山本さんの人柄がにじみ出ていることに感銘した。いつまでも、人間臭い山本さんが、「破り続けた十戒を離さない」と、これからも、人間の本性を描いていってほしいと願う。

激戦続く、市内のスーパー だまされる消費者、賢い消費者 2005・4・7
三条市はスーパーの草刈場状態。長崎屋東三条店が、長崎屋の再生計画で閉店し、三条で生まれ育ったまるよしが倒れ、ジャスコパルム店が撤退、県央サティが、ジャスコを率いるイオングループに入るなど、長い間、激戦状態が続いている。
そこへ、今度は、マルイが西本成寺地内に、ツチダが、興野地内にそれぞれ新店舗を建設中。
消費者は、近くにスーパーができるのは便利だし、激戦になれば、価格競争も熾烈になり、物によっては安く手に入るのだから結構なことだ。
ただ、少し考えてみれば分かることだが、なぜ、人口8万4000人余の三条に、こうまで激しい競争を仕掛けてくるのか。
ジャスコ三条店や県央サティであれば、商圏も広いだろうが、小規模のスーパーは、さほど広い商圏設定をしているようには見えない。
競争が熾烈になれば利益率も落ちるだろう。消費者は、新しい店舗ができれば、物珍しさで一時的には、新しい店舗に流れる。
しかし、やがて、各店舗の特徴を把握して、例えば、清水フードグループのフクヤは、毎週火曜日に、野菜、魚類などの、「99円」セールを行うとか、マルイは、毎週日曜日にはスタンプの2倍セール、時に3倍セールを行うとか、それぞれのサービスデーを目がけて買い物をするようになる。
僕も、初めは買い物をするにもゆとりがなく、とにかく、近くの県央サティの食品売り場を利用していた。夜でも、入り口近くの駐車場が狭く、未舗装で砂利敷、雨の日は水溜りができる駐車場で我慢していた。ところが、買い物にゆとりが出てくるようになると、近くだからといって、わざわざ不便な思いをして買うまでもない。どうせ仕事を終えての帰り、夜8時前後に買い物をするのだから、少しくらい回り道でも苦にならない。
いろいろの店を回って、価格や品揃え、それぞれの店の特徴を把握し始めて、今夜は、どこどこの店に寄ろうと、変えている。
それぞれの店によって、同じ原田牛乳の3・7牛乳でも価格が違うし、置いておく牛乳のメーカーも違う。違う牛乳を飲んでみると、自分の好みに合うかどうかも分かってくる。価格の安い高いばかりではない。
休日などになれば、車が止めやすければ、燕市のリオンドールでも、原信でも寄ってみる。
わざわざチラシを見て何が安売りかというような買い物はしないが、3、4日に1回、食品を買っていると、正確ではないが、おおよその価格も分かってくる。
ただ、山海漬などは、トレーが上げ底なのには閉口する。記録されている正味内容量などを見て、表示価格を量で割って比較すればいいのだろうが、そうまではしない。やはり見た目で買いやすい。
今月1日、フクヤ西大崎店で、山海漬を買った。トレーは、魚などと同様の白いトレーだったが、よく見ると平底だったからだ。正味量297グラム、価格も100グラム当たり138円で410円。それが、加工したのが前日の2月28日、賞味期限3月8日で、日付に心配はないのに、割引価格で380円と安かった。当然、数の子の量が少なければ安いが、ちゃんと数の子もそれなりに入っている。メーカー名を調べたが表示されていなかった。味もまあまあ。なぜこの価格になるのか分からない。
ただ、こうした商品は常時あるわけでない。特に、イカの塩辛やのりの佃煮など、何かしら一品はこうしたおかずを買っておきたいと思うのだが、メーカー品以外、そのとき限りで、いつでもあるというわけでないのが残念だ。
流通の仕組みが分からないからだが、生鮮食料品は、相場があるので一概に言えないが、加工品については、商品、量、味、価格などが安定していることも大切なサービスだろう。
だまされない消費者、だまされることすら楽しんで買い物できる消費者にならなければならない。

両高橋市長、明暗を分ける 運、不運と言い切るにはあまりにも…
3月3日はお雛様。それにしても、寒い日が続く。
弥生3月だというのに、1日夜半、空には雲の切れ間から星が輝いて見えた。冷え込み、道が凍てついた。ところが、急に粉雪が降り始めて、たちまち車も白くなった。
数日間、かなりの雪が降り続いていているが、雪が止むごとに、「もう春。これが最後だろう」と自らに言い聞かせてきた。星空ののぞく、凍てつく夜には、あすは晴れる前兆だろうと空を仰ぐ。
日中、春の暖かな日差しの差すのを待っている。刷毛で掃いたようなねずみ色のどんよりとした雲が切れて、太陽さえのぞけば、もう暖かさが違い、たちまち雪は解ける。
それなのに、夜半には、まるで大寒でもあるかのように冷え込み、その上雪が降るのだからたまらない。2日午前4時に目覚めて、ガスストーブのスイッチを入れると、デジタル温度計は「4」。部屋は、前日に引き続いて、今冬最高の冷え込み。
深夜に、車のスリップする音が聞こえていたのをおぼろげに覚えているので、起きがけに、積雪の量が気になった。よもや、除雪するほどの雪ではあるまいと思いながらも、恐る恐る、隣室のカーテンを引いて外を見た。冷え込んでいるが、露天駐車場の車の上には、前夜の冷え込みを感じさせるように軽そうな雪が、10センチほど積もっているだけだった。
車のスリップする音は、積雪のせいではなく、凍結した路面のせいなのだと納得し、「除雪するほどではない」と一安心して部屋に戻って、パソコンに向かった。
三条市、燕市とも、連日周辺市町村との合併の動きが活発だ。高橋一夫三条市長が、病に倒れてはや2週間あまり。「早く健康を回復して、公務に復帰を」と期待している市民の言葉が多い反面、三条市政を取り巻く厳しい現況の中で、何かと、次の市長の噂が聞かれる。
市議らが、酒を飲んで次期市長の話をしているのが、市民の耳に漏れてくるのなどは、「酒のうえの話」としても、真剣に次期市長候補のことを心配する声もある。
しかし、なかなか次期市長の選択となると難しい。
景気が好調な頃であれば、業界人も、本腰を入れて政治に関与してくるのだろうが、この時期、自らの会社の経営に追われて、なかなか政治に熱を上げうる状況でない。
それに、金物卸業界から、三条市政の現況を憂いて市長に出馬した高橋一夫三条市長が、孤軍奮闘の結果、病に倒れているのだから、業界人も、7・13水害による打撃の大きさもさることながら、市長職のハードさ、特に現状を変えようとするときのリアクションの大きさをいやというほど感じさせられていることだろう。
隣燕市の高橋甚一市長は、合併後最初の市長を目指して、相変わらず、市民向けのアピールに積極的だ。
同じ市長でも、両高橋市長を見ていると、何がこうも違うのだろうと、時折不思議に思える。単に、三条市が運悪く大水害にあったということだけではないようだ。
高橋三条市長は、1期目立候補の時から、1期4年で引退するとして、政治改革にメスを入れてきたのに、合併の方向付けをして辞めるということになった。無投票再選を果たした矢先に水害。そのすさまじさと、後始末のために合併後も、「しばらくはやらざるを得なくなった」というのが大方の見方だった。本人は合併後の出馬については具体的には何も話していなかったが、大方の見方が、合併後の選挙は高橋市長の出馬で無投票当選と見てきた。しかし、病に倒れた。
高橋燕市長は、三条市との合併で県央の中核都市づくりというシナリオの実現に失敗。一度は辞任したが、再度出馬し当選。180度の転換で、吉田、分水両町との新しい燕市の合併が進んでいる。
本人は、直接「合併後、最初の市長に」とは言っていないが、最近の言動から、周囲には、続投を意識していると取られている。毎回、対立候補が立ち、厳しい選挙戦を戦ってきただけに、「選挙に強い」という自負心があって、さらに、次期市長への意欲が高まっているのだろう。
運、不運と言い切るには、あまりにも両高橋市長、明暗が分かれている。
いずれにせよ、雪が消える頃には、両市の政治も新たな展開を見せているのだろう。早い雪解けを待ちたい。

世界に活路を見出す 三条、燕のメーカーの視点広がる
日本の文化が欧米で歓迎されており、それに伴い、さまざまな日本の製品が、輸出されている。それも、安い中国製品などと競合する製品ではなく、日本独自の製品だ。
例えば、イタリアで日本の盆栽が静かなブームで、それに伴って園芸用の鋏なども当然輸出される。地元三条の木鋏かどうかは別として、日本メーカーの製品が売れているという。
また、包丁でも、鍛え抜かれた日本刀のイメージから和包丁の切れ味や仕上げなどの美しさが歓迎されている。
理美容鋏なども、製品はもとより、半製品の輸出も順調だ。
かつての米国向け輸出や中近東向け輸出のように、労働賃金が安く、国際的な価格競争力が強かった時代の大量の輸出というのは、中国、インドネシアなどアジア諸国に取って代わられて今は見る影もない。
しかし、逆に、日本文化が見直されることによって、高級品の輸出が少しずつでも芽を出してきているという。
素材から吟味して、優れた製品を作ることで、日本の刃物技術、ものづくりのよさをアピールしていくことが、やがて新しい市場を生み出していく。
ドルに対する円高はすっかり定着してしまっているが、ヨーロッパのユーロも、ドルに対して強い。対ユーロであれば、比較的輸出もしやすい。
ヨーロッパにおける日本文化の見直しは、ヨーロッパ諸国の人口が中国などと違って比較的少ないが、経済的には豊かであり、機能はもちろん、デザイン的にも優れ、付加価値のある製品を輸出できる土壌を作っていくうえで好機と捉えていくべきだ。
一方で、中国輸出の強化を図りながら、長い間培ってきたヨーロッパの市場をしっかりと見据えようという動きは、今後ますます強くなるだろう。
洋食器、器物、作業工具、さまざまな刃物など三条、燕地域のメーカーは、輸出と国内市場の両方を見据えながら、時代の流れを捉えて、さまざまな製品を開発、生産してきた。
価格競争力で伸びたメーカーもあったが、先ほども触れたように、それだけでは国内外双方の市場で、競争力を維持できなくなっている。
やはり、技術力をいかんなく発揮し、時代にあった、地域性にあった製品開発を心がけていく地道な努力で市場を開拓していくことが必要だろう。
従来のような、国内商社の手を通しての輸出ではなく、昔から努力しているメーカーもあったが、今では多くが、直接、欧米と取引しながら、確実に市場を拡大している。
地場のメーカーの数が減少している中で、さんじょうブランド、つばめブランドを育てて、世界に打って出ようという機運が高まっているが、まさに、グローバル化は、中国などから攻められているだけでなく、攻めていくチャンスでもある。
三条、燕地域のメーカーの強さを再認識してよい時期に来ている。
中国製品との価格競争に甘んじているだけでは活路は見出せないだろう。
メーカーも、そういう意味で、新しい転機を迎えている。
経営者が、国内、輸出双方の市場を見ることができるかどうかが、チャンスを生かせるかどうかの違いでもあるようだ。
もちろん、すべてのメーカーが生き残れるほど、世界の状況は甘くない。世界の工場として台頭してきた中国などの生産力は、確実に三条、燕地域のメーカーを圧倒してきているのだから。

どうする新市長の選択 新しい燕市の出帆に向けて
燕市と吉田町、分水町の3市町の合併調印式も2月21日に終わり、週明けの28日午前10時半から、3市町は、同時に臨時議会を開いて、来年3月19日をもって現在の市と町を廃止し、翌20日、新しい燕市を設置する旨の配置分合の議決を行って、名実ともに合併を決定する。
これからの1年は、現在の市町としての行政の仕上げを行い、新しい燕市をスタートさせるための準備を粛々と進めることになる。
そうした行政的な仕事と合わせて、新しい燕市の市制を運営するリーダーである市長職を誰に担ってもらうのか、新市民となる燕市民、吉田町、分水町の両町民は、これまでのエリアを越えた広い視野で考えていかなければならない。
5月1日、合併による新しい三条市のスタートを2カ月半後に控えて病に倒れた高橋一夫三条市長の例を見るまでもなく、政治は一寸先が闇で、1年以上先の新燕市の誕生と同時にスタートする現首長の失職、新市長選びを、今から詮索していても始まらないという見方もある。
現在それぞれの市町の首長として政治責任を果たしている高橋甚一燕市長、泉光一吉田町長、小林清分水町長のいずれもが、今後のスケジュールを全うすることに徹し、首長問題ついては語らない。
それは、合併を間近に控えている三条市、栄町、分水町においても、ことここに及んでもそうなのだから、燕市、吉田町、分水町でも同様だろう。
しかし、何事も初めが肝心で、新しい燕市の舵取りをする新市長は、誰が適任なのか、新市民になる燕市民、吉田、分水両町民は、今から、それなりに考えておかなければならない。
適任者を選ぶということは、新しい燕市像を考えることであり、今後、どのような市政を執行してほしいかを考えることでもあるのだから、その通りに物事が運ばなくても、それなりに意味がある。
合併間際になっても、新しい燕市の首長に名乗りを上げる立候補予定者の顔ぶれも見えないようでは、実際のところ困る。
三条市と栄町、下田村の場合は、対等合併ではあるが、市町村の規模が大きく異なっていることから、暗黙の了解のうちに、高橋三条市長が、合併後も続投する形だった。それとても、病に倒れたことで、その健康の回復具合と、合併後の激務に耐え得るかという課題が残されている。
ましてや、燕市と吉田町、分水町となると、燕市と、吉田、分水両町を足した規模はそう違わないことになる。
高橋甚一燕市長が、新市民の合意のもとに、すんなりと合併後の市長に就任することができるのかどうか。特に、高橋市長は、このたびの任期満了の市長選にあたって後援会の支持者に、「今回限り」と断言し、後援会も、それであればと激しい選挙戦に臨んだ経緯がある。
もちろん、政治は一寸先が闇であり、状況が異なってくれば、前言を翻すことなど、政治家にとっては朝飯前。信じるに値しないが。
高橋市長は、公式には、合併後の新市長選に出馬するなどとは一言も言っていない。むしろ、いつも、出馬表明は、選挙の数日前であること、選挙に強いことを自負している。
そうした経過もあって、周辺では、高橋市長は、合併後の新市長に立候補する意欲は十分と受け止められている。
燕市民の中にも、新しい燕市の出帆にあたって、新市民が選挙で激しく対立するような構図よりも、スムーズな移行を期待する向きもある。
ただ、新しい三条市もそうだが、新しい燕市も、新時代に向けたリーダーを選ぶのに、市民の権利である「市長を選ぶこと」は忘れてほしくない。その結果、高橋市長が選ばれるのであれば、それが無投票当選であっても、選挙戦での勝利であってもいいのではなかろうか。
まず、現在いる3人の首長の政治執行ぶりを検証しなければならないし、これまで、燕市の人口4万3000人で、ほかはそれ以下だったものが、一気に8万人を超える市に生まれ変わるのだから、予想される政治課題も想定しておかなければならない。
その上で、現職の中から選ぶか、新人を選ぶか。もちろん、誰が立候補するのかがもっとも基本になるが、無条件に無投票当選がいいというものでもない。
新市の方向付けを、それぞれの候補者が新市民に示して、支持を得て就任するというのが理想だ。

