合併問題、第2段階 合併すればすべてよしではない 2005・5・31
市町村合併は西高東低で、新潟県は東にあっても比較的、合併が進んだ方だ。
それでも、北海道など広大な面積のところに、数千人の住民が散らばっているような村で合併しても面積だけが広がって、依然1万人に満たないような僻地では、合併という手法よりも、行政事務の電子化など、さまざまな合理化策でコストのかからない仕組みをつくりあげ、高齢者対策もそれぞれに、小さなコミュニティーの中で工夫していくべきかも知れない。もちろん、それ自体、本州の平野部に比べれば、膨大なコストがかかるのだろうが。
それはそれとして、政府は、合併する市町村に対して、合併に必要な整備に投資するための事業費の95%まで起債を認め、起債額の元利の70%を国が負担するという合併特例債を認めるというエサをまいた。
その合併特例債の適用期間を、事実上1年間延長したことで、駆け込みの合併が増えて、一気に合併が進んだという。燕市、吉田町、分水町の合併もその例だが、そこで問題なのは、合併後の新しい市をどのような形で形成していくのかというビジョンが十分検討されていないきらいがあるという点。
まず合併ありきで、合併すれば数字が大きくなる。燕市が唱えているのは、工業出荷額が、合併後が、県下で4番目になるということだが、これは、三条市の工業出荷額を超えて、新潟市、長岡市、上越市に次いで4番目になるという意味合いを含んでいるようだ。
しかし、数字は足せば大きくなるというだけで、実態は現状とは変わらない。それどころか、福祉費の増大が政治課題になっているが、その原因である高齢者の数も増えれば、新しい都市をつくるためのインフラ整備も、これまで以上に大きくならざるを得ない。
特に新燕市の場合、吉田町の国道116号線バイパスの建設にめどが立っていないし、県立吉田病院の廃止か、建て替えかという大きな課題を抱えている。これによって新しい燕市づくりのビジョンが変わってくる。
また、燕市の南から見れば指呼の間の分水町であり、西の吉田町はもっと近いが、それでも、燕市、吉田町、分水町の中間の広大な農地をどのように開発し、新しい一体化した都市として築いていくのかとなると、課題も多い。
特に、少子高齢社会を迎え、なおかつ、日本の産業が、工業からサービス業にウェートを移してきている現実の中で、経済的には拡大よりも縮小しなければならない時代状況。新たに、トライアングル状の3つの核をどのように関連付けていくのか、合併後の大きな政治課題になるだろう。
新庁舎建設も、当初計画の60億円を、市民の風当たりが強いというので、40億円に圧縮したようだが、それほど簡単なものではない。
第一、圧縮した矢先に鋼材の暴騰で、40億円でできる計画も、逆に工費などが増えるだろう。原油も投機のきらいもあるが、史上最高値を記録しており、工費を押し上げる要因になる。
それはそれとして、駆け込みの合併が多かったのだが、反面、合併しなければならないし、合併できる条件を備えていながら、合併を見送った田上町や弥彦村は今後どのように運営していくのか。
合併反対の小池市長のいる加茂市は、市長が交代するまで無理だろうが、田上町や弥彦村などの合併しない人口1万人程度の町村について、政府は、県が指針を示す形で、合併の第2段として進めたい考え。
しかし、合併特例債のような「飴玉」は用意しないし、県の指針も強制力がないという。
弱体化する町村をどのような形で合併の進んだ新市が迎え入れるかも大きな課題になる。合併する新市は元より、合併しなかった市町村も、早くも新しい合併の課題に向かって取り組まざるを得なくなっている。

古びる屋敷に感じる 栄枯盛衰世のならいだが
立派な屋敷が、時とともに古びていく。後継者がいないとか、家族が東京などに移住して、やがて住む人が居なくなるとか、事業に失敗して、家を明け渡さざるをえない時期が来ても、買い手が付かず、金融機関の債権担保がついたまま、空き家になるなど、理由はさまざまだ。
栄枯盛衰は世のならいだが、今こそ「奢る平氏は久しからず」という言葉を人々は肝に銘じて置くべき時だ。
戦後の復興期、高度経済成長期、そして、幾多の景気の波を潜りながら迎えたバブル景気を最後に、努力さえすれば誰でももうかる時代は終わった。
誰もがもうかった時代に蓄積した財産だが、当然のように、厳しい競争社会では、誰もが維持できるわけではない。
僕らが少年の頃に見た映画「次郎物語」で、家が没落して屋敷を手放す時のシーン、何もない、今のように電化製品もなかった時代だから、金目のものはすべて持ち去られて、部屋の中がガランとしたシーンが脳裏に焼きついている。
長屋住まいだった当時の僕には、子ども心にも自分の家への憧れがあった。それだけに立派な家を手放さざるを得なかった次郎物語の家族の姿は、意味はよく分からないままに痛ましかった。
世間の狭い子どもの僕には、映画の中でしか見ることができないシーンだった。
経済情勢が変わり、対応を誤れば、個人、企業とも経済的な破綻を招く情け容赦のない時代を迎えた。
さまざまな形で古び、あるいは朽ちていく立派な屋敷を見ながら、それぞれの理由をそれとなく知ることもできるようになってからは、一層、家とは何か、栄えるとは何かについて思い知らされるようになった。
成功した経営者は、「家は3代持たない」「1人、一企業がずっと成功し続ければ、三条の土地は1人、一企業のものになるが、なったためしはない。それでいいのだ」ということを口にしながら、社会の変化、経済的な盛衰を客観的に見つめている。
事業に成功し、富を手にした人々は、その富、事業を子どもたちに継承する努力はするが、そこから先は、考えてもせんないこととして、達観する努力をしているようだ。
まさに、精一杯生きてきた人々だからこそ、自らの人生を成功したままの中で終えようとし、今の充実感を味わい、広い視野で世間を見つめることができるのかもしれない。
歴史を見るまでもなく、人々は、権力や富を求めて競い合い、あるいは自らの思慮を深め、そして、さまざまな姿で死を迎える。その際まで、自らの価値観で生き通せる人は幸せである。
屋敷が古びていく姿、維持できない姿を見るにつけ、それは成功者一族を待ち受けている裏側の真実であると痛感する。
そして、成功した人々にとって、より多くの人々のために、今、何をなすべきかを真剣に考えながら、堅実な生き様を全うすること、次に訪れる変化に対応しやすい姿にしておくことが大切なのだなと感じさせられる。
日々、食べるに事欠くことなく過ごせただけで、富を手にすることのなかった僕などは、富への憧れは膨らまないままなので、そういうものかと頭で理解するしかない。
ただ、親を知り、子を知ることのできる年齢に達し、いよいよもって、賢明な人々の話を聞く機会が増えてきた。さて、いかに考えるべきか。

4月1日「金物の日」間近 ホームセンター業界向けに厳しさ
今年も4月1日「金物の日」を迎えるが、加藤敏敦三条金物卸商協同組合理事長は、一時は組合員が半分以下になると危機感が叫ばれていたが、今でも260社からの組合員が健闘しており、三条の組合員の取扱商品、得意先の幅広さからくる強さだと、三条の特異性を改めて認識している。
もちろん、物流の改革、地場産業の衰退のなかで、組合員数は少しずつだが減少傾向にあることも事実。
また、大量仕入れ、大量販売のホームセンター、スーパーとホームセンターがドッキングした形のスーパーセンターなどが、毎日のように全国各地で新規オープンしており、過剰になってきている。
ホームセンターは、売れ筋商品の多くを、世界の工場、中国で生産、仕入れする方向で努力し、どうしても中国では生産できない商品、回転率の悪い商品を日本国内の卸商社、メーカーから仕入れるシステムになってきている。
そうした厳しい環境の中で、新商品開発力、ブランド力のないメーカー、卸商社が、どんどんホームセンター市場から外されてきている。
三条の小売、卸商社の双方で、ホームセンターを相手にしている卸商社では、関西の藤原産業が強くなり、トラスコ中山が巻き返しを図っていると盛んに言われている。
かつて、三条の金物卸商社は、ホームセンター業界で俄然強かった。しかし、アークランドサカモトが、卸売から小売部門へ軸足を移した中で、それを追い上げる卸商社が地元三条で育たず、藤原産業の台頭が目に付くという。
トラスコ中山は、一時期、売場のフォローが悪く、ホームセンターから嫌われた経緯があって、今度は、フォローする体制を整え、特に、メーカーに対して大量仕入れの攻勢を掛けて、支援体制を強化して臨んでいる。
もともと、プロ用の製品販売で成長してきた卸商社であり、メーカー中心の企業向けカタログ通販などでも、ブランド商品を安く売る積極的な商法で売りまくっており、メーカーも注目している。
それが、ホームセンター業界で巻き返しを図るというのだから、影響は大きい。
ホームセンター業界自体が戦国時代であり、勝ち組になりそうなホームセンターは仕入れが一層厳しい。そことの取引で利益を上げうる体質を卸商社、メーカーが築いていかないと、いたずらに労力を奪われて、メリットが少ないということになる。
採算が合わなければ、撤退するしかない。取引する以上は採算の合う形にもっていかなければならない。
それは、これまでのような、相手の希望する価格で商品を間に合わせるというような体制では実現できない。
利益の出るオリジナル商品の開発、各店舗のアフターサービスなどの経費を賄えるだけの売上げ確保など、戦略的に手を打っていかないと、いつの間にか、取引していて赤字という形に転落してしまう。
現に、そのような実情の中で、ホームセンター業界から撤退している卸商社、メーカーもこれまで数多くある。
それは損益分岐点を考えた中での積極的な撤退だから、まだよしとしても、赤字のまま、ホームセンター業界の言いなりに納品していった挙句、納品体制が整えられず、ホームセンター側から外されるというケースも出ている。
ホームセンター、スーパーセンターだけが取引先ではないとも言えるが、ますます、過当競争で市場を占有していくこの種の大型ナショナルチェーンの動向と合わせ、メーカー、卸商社の展開も目が離せない実情だ。

平成戦国時代 ダイナミックな変化 2005・5・18
僕は、このごろ、よく「戦国時代が来ている」と言う。日本の経済界はまさに、世界の資本という黒船に襲われながら、企業は生き残りを掛けて争う戦国時代に突入している。
それは、日本の国が、第二次世界大戦に敗れてこの方、ひたすら経済復興を目指し、復興の過程で、国内だけでは経済発展が行き詰まり、世界を舞台に活発な経済活動を続ける中で起きた。
明治維新によって、西欧列強の植民地支配を逃れ、富国強兵によって欧米と肩を並べようと努力し、資源のない国だけに、アジア諸国へと植民地支配を広げようとして、第二次世界大戦に突入。結局、今もって世界で唯一の被爆国として敗北宣言。今イラクで起きているように占領下での憲法制定を経て、今日を迎えた。
今、日本の経済は、地球規模で展開しており、世界貿易なくして、日本の経済は成り立たない。
膨らみすぎた資本は、さらに富を求めて、世界に展開し、国内でも、富を蓄積するために、効率的な生産体制、国民の意思の統一を求める必要性を訴え、構造改革、憲法改正、教育基本法の見直しなど、さまざまに挙国一致政策の樹立を主張している。
政府は、経済再生と福祉大国維持のために投入した財政出動で、膨大な借金を抱え、身動きが取れなくなっている。なおかつ、日本も、相互依存している米国が主導する資本主義体制を支えるために、米国債を抱えながら必死に財政健全化という極めて険しい道を歩いている。利益を生むことのない政府は、当然、国民負担に再生の財源を求めざるを得ない。何か、「欲しがりません、勝つまでは」に行き着きそうな不安がある。そういう精神主義では、この難局は乗り切れないが。
利益を生む資本を持たない僕など市民は、日々の営みの中で、かろうじて生活を維持しているのだが、それとても、物質的な豊かさを支えているのは世界の人々であることは、スーパーの食品売り場を見れば分かる。
かつて、加藤寛千葉商科大学学長(当時慶応大学教授)が、中東問題を語るときに、アラビア半島の先端に位置する小さな国ながら、石油戦略上重要な国であると紹介していたオマーンだが、今では、身近なスーパーでオマーン産のスナックエンドウが並んでいるのだ。石油を巡る国際紛争だけではなく、食卓でオマーンを語る日が来ると誰が想像したろうか。その貿易で利益を得ようとしているのは、どこの商社だろうか。
そして、拡大する世界貿易の中で、国内的には、付加価値の低い経済活動は整理して、付加価値のある産業構造へと転換させようとしている。
しかし、少子高齢社会では、非生産的なサービス需要が増えるにもかかわらず、外国人労働者の受け入れには消極的な日本の民族性から、逆に非生産的な労働に従事する日本人が増えてきている。
一方では付加価値の高い産業に従事する人々が富を蓄え、逆に、非生産的なサービス業分野に携わる人々は、低賃金に甘んじるという二重構造が一層明確化してきている。
米国社会の二重構造では、一方で、資本主義、自由主義の世界で能力を発揮して、富を手にする人々がいるが、他方で教育レベルの低い人々が低賃金に甘んじて厳しい労働に従事している。米国の歴史からすれば、至極、当然の帰結だろう。
しかし、日本は、江戸時代という中世封建時代の最終段階で、国民の教育レベルが高まり、権力をかさにきて悪事を働く者はいても、国民のモラルも徹底して、職人といわれる労働者階級にまで、ひとつの生き様、美意識が確立するほどになった。
それが、明治維新後の、「塾」という民間教育の普及、富国強兵を可能にし、その時代、アジアで唯一、西欧列強と肩を並べるまでに経済発展、軍備拡大に成功した。
しかし、それが、驕りとなって、第二次世界大戦へと突入していく。第一次世界大戦で敗北し、敗戦国としての膨大な賠償責任を負わされる中で、ナショナリズムの台頭を許し、結局、第二次世界大戦へと進んでいったナチスドイツとは異なった道を歩んでいた日本だが、三国同盟によって第二次世界大戦に参戦、敗戦国に堕した。
平和を愛する国民としては、その後の日本の、しばらくの平和は尊いものだった。しかし、経済発展の裏側では、目覚めたアジア諸国の追い上げの中で、相次いで国境問題が起きており、イラクへの駐留など、自衛隊という名の軍隊の再軍備、強化は必至の事態となっている。
ナショナリズムを支えるのは、実は、資本主義の恩恵に預かれず、グローバル化の中で、もっともしわ寄せを受ける地方の中産階級であることは、歴史が証明している。
資本主義といっても、地方の企業経営者には資本は幾ばくもなく、企業が発展してもやがて、経営陣の失敗を契機に資本の側に奪われていく。身近にも経営陣の交代、創業者一族が資本側に経営権を奪われていく図は多いではないか。
そうかと思えば、労働者から台頭した経営陣によって牛耳られている企業に対して、資本の側が反駁を始める。資本を実際の価値よりも低く見て、十分な配当をしてこなかった企業には含み資産が多く、資本の側が経営者に成り代わることを考えるのは当然のこと。
まさに、日本は、グローバル化のなかで、明治維新のときに先進国としてイギリス、ドイツに学んだ原型があるために、よりヨーロッパ的な体質を持っていながら、今、アメリカ的な資本の論理の嵐に見舞われている。
平成戦国時代の始まりである。企業経営者も生き残りを掛けて、どのリーダーに付くか必死だし、力のある企業は、弱い企業を傘下に治めて、強化策を講じ、策が尽きれば捨てる。どの企業の経営者も、判断を誤れば企業が滅びる。
構造改善は、日本の経済の仕組みを変えることであり、中小零細企業が、中小零細企業として生き残りを賭けていく道は、狭く険しくなっていくことでもある。
逆に、極わずかだが、富を手にした地方の企業が、日本の大手企業に肩を並べ、世界の企業へと発展していくチャンスでもある。情報、物流の発展が、さらに世界を狭くしている。
明治、大正時代に似ているが、それ以上にダイナミックに日本経済は変化し、世界の資本がそれを求めている。
県央地域もその日本の中にあることを忘れたくない。

小池市長、内部から崩壊 対抗馬の動き極端に恐れている
小池清彦加茂市長の10年に及ぶ独断的な市政の結果、加茂市の財政は日毎に厳しさを増し、役所機能は金属疲労を起こしている。
確かに小池清彦市長自らが自画自賛しているように、倒産寸前の企業が、市の土地買収によって救われ、民事再生企業の多額の水道使用量滞納を見逃すことで、なんとか企業の目的達成を支援しようと努力を重ねているとか、無担保、無保証制度の拡大によって、他市に比べ制度利用の企業の倒産が目立って多い、農家への機械購入等に他市では考えられない補助金を出し続けるなど、目だって個性的な市政が展開されている。
それは、行政には効率的な行財政運用と逆の発想も必要だとする、弱者救済の理屈に裏打ちされているようだ。
しかし、地方自治体の限られた財源と限られた権限のなかで、自らの独断に基づく、際立って目立つ市政を続ける間に、確実に財政は逼迫し、市役所内部から組織が崩壊してきている。
市町村の首長に許された条例制定の権限を最大限に利用し、自然保護条例を制定することで、猿毛山の石材を採取する権限を阻止したまではよかったが、大型店進出を阻止するために、条例制定をちらつかせて、ついに、大型店の進出阻止を今もって続けているために、新しい都市づくりは進展せず、既存の商店街が守られているようにみえるが、既存の大型店が守られ、商店街は外見だけが立派になっても、次々と閉店してきている。
手順を誤った温泉の建設で、予想以上の負担を強いられ、温泉をくみ上げるパイプが詰まるのを防ぐために、恒常的に薬剤を注入し続けなければならないなどのマイナス要因が生じても、その非を認めるでもない。
ひたすら第三平成園の建設を目指し、人口の減少、高齢化で、不急不要の公共施設は極力建設を控えるという大方の市町村の発想とは逆に、体育館など、どんどん施設を建設しながら、ほかの公約した施設については、資金難から後回しという、事実上、公約達成不能に陥っている。
市議会で追及されれば、金がない、小泉内閣が悪いと責任転嫁に終始し、もはや、行政の公平性などは、全く無視された状態。それでも、弱者救済の美名のもとに、ゆがんだ市政が続けられている。
それらの弱点を隠し通すために、市役所職員には、公務員の守秘義務を拡大解釈して、外部、市議に対してすらも一切の発言を封じ続けている。
当然のごとく、小池市長の市政の執行に対して、市役所内部からも、批判の声が出ていて、気骨のある市役所職員は、人の話を聴く耳を持たない小池市長であり、職員に対して絶対的な権限を持つ任命権者に対して、退職という方法で抵抗してきた。
しかし、無理に無理を重ねた独断的な市政の行き詰まりは、日増しに、市政の選択の余地を狭めるかたちで、小池市長自身を追い詰めてきている。国も、地方自治体も借金地獄に落ちているなかで、国は、なおも借金を増やして大盤振る舞いをすべきだという主張で、小泉内閣の行財政改革を批判し続け、限られた市財政のなかで、自らの判断に基づいて、「よもやま話」という、秘密の場で語られる特定の市民の要望に対して、便宜を図り続けてきた。
先月末に開かれた、そのよもやま話の場で、何が起こったのか。10年間にわたって小池市長の指示を聞き続け、市役所内部でも「小池市長のイエスマン」と公然と言われていた渡辺栄加茂市商工観光課長が、どういう理由かは定かでないが、よもやま話の後、無届で2週間以上もの長い間市役所を休んでいる。
渡辺課長は、水道局長、総務課参事も兼務、いわゆる1人で3つの課長を兼務している加茂市役所でも、2人しかいない重い責任を負わされている1人。
無届で2週間以上も休み、市議会3月定例会でも、休んでいる理由も明らかにされないまま、代理の職員が議場の課長席に座っているにもかかわらず、市議会でも問題にされず、もちろん、市役所内部でも、小池市長の激怒を恐れてか、ただ、遠巻きに噂話をしている。
異常事態である。このまま行けば、加茂市に限らず、小池市長が横車を押している水道企業団にも、少なからず影響を及ぼす。
三条市側では、高橋一夫三条市長が病気回復して出てくるまでの間、小池市長に管理者を任せてもいいという妥協点を見出していたようだ。
しかし、肝心の加茂市の担当課長が、小池市長とのトラブルから、無断で休み続けているような状態で、それを修復することも、決着をつけることもできない。小池市長と、吉田助役、斉藤収入役の三役グループに、どうして、命の水である水道の源水を供給している水道企業団の管理者を任せることなどできようか。
それでも、小池市長は、2年後の市長選に再出馬するため、周辺が対抗馬つぶしにやっきになっているという。対抗馬が出れば、確実に敗れ去ることは、前回の市長選の結果でも明らかだからだ。
合併反対で全国を走り回ってきた小池市長。それならそれで、対応策を準備しなければならないはずだが、ただ、5年間で52人の職員を減らすという。それでも住民サービスは低下しないと言い張りながら、確実に市役所内部は崩壊を始めており、行政の仕事がマヒし始めている。
無理が通れば、道理が引っ込むのである。他山の石としているだけでなく、こうした独善的な小池市長と広域行政を一緒に進めている三条市としては、「小池病」の蔓延を阻止し続けなければならない。

