新三条市への契機
水害復興祈願の三条熾盛祭
 新潟県の三条商工会議所青年部(山井太会長)は、10月17日、7・13水害で被災した三条市の嵐南地域一帯を会場とした復興祈願三条熾盛祭を開催。新たなまちづくりを意識した講演会や、被災地域を下田村の雨生大蛇が練り歩くなどのイベントを通し、三条市をさらに発展させることを誓った。

 五十嵐川の氾濫に苦しみながらも、現在の三条市をつくりあげた先達にならって、新たなまちの姿を見出した。

 この日は一日中快晴に恵まれ、メーン会場の東新保、(株)コロナ駐車場は、開会前から多くの人で賑わっていた。

 午前10時に開会。メーンステージ上で、山井会長が開会宣言した後、渡辺勝利商工会議所会頭が「全国に向けて、三条はがんばっている。特に若者は物怖じせずに勇気を持って取組んでいる。この地域の若者の意気込みが、全国に伝わることを期待します」と挨拶。

 来賓の高橋一夫市長も「ことしは三条市が市になって70周年ということで、いろいろな催しを企画していたが、7・13水害で中止を余儀なくされた。産業祭についても市街地で行おうと青年部が企画していたが、これも流れてしまった。しかし、いつまでも自粛するのではなく、明日に向かってと、青年部の人たちがイベントを企画した。中にはまだ早いという人もいたが、私は大賛成。被災された方々は、まだ不自由な面があると思うが、このイベントが明日に向かっての再出発、新しい三条のまちづくりの契機になればと思っています」と期待を込めた。

 続いてメーンステージ上で、オープニングセレモニーとして三条市吹奏楽団のメンバーが、金管楽器の五重奏を披露して、会場を盛り上げた。メーンステージ以外では、三条市内の企業が、自社製品・商品を特価販売したほか、食べ物の模擬店、木工工作や自動車へのらくがきを楽しめるちびっこ広場などもあり、家族連れで賑わった。

 また、コロナ駐車場以外では、南四日町4、原信四日町店の駐車場で、スケードボード教室や、地元商店街によるイベントが行なわれたほか、南四日町4、高森コーキ(株)、五明、パール金属(株)でも商品販売を行った。

 この日のメーンイベントの1つだった下田村雨生大蛇祭は、下田村に伝わる雨生ケ池の大蛇伝説をモチーフにしたもので、藁や木材で作った巨大な大蛇をかかげて練り歩く。下田村では毎年、夏祭りに行っていたが、ことしは7・13水害のため祭りを中止としていた。

 午後3時ころに、諏訪1地内の五十嵐川堤防決壊個所で、地元自治会役員らも同席で復興祈願の神事を執り行った後、田島橋に移動し、メーン会場のコロナまでを練り歩いた。150人の担ぎ手が「ソイヤ」、「サー」と威勢良く掛け声を発しながら、蛇腹を激しく上下に動かして、波打たせたり、くねらせたりと暴れる大蛇といったイメージで、見物人を楽しませていた。

 大蛇は、午後5時過ぎにコロナ駐車場に入場し、会場中央でとぐろを巻いた。

 その後、メーンステージ上で三条神楽が奉納される中、大蛇の胴の部分を切り離し、会場より少し離れた場所に積み上げて焼納。

 大蛇に火を入れた時刻は午後6時過ぎで、あたりは真っ暗。高く燃え盛る炎が遠くからも見え、見物人の顔を照らし出していた。

 また、ステージ上では、燕市内を中心に音楽活動をしている矢代秀晴さんが、自ら作曲した「7・13」との名の水害の歌を披露し、この炎を契機に水害から復興しようという会場内の一体感を盛り上げた。

 さらに、燃え上がる炎の一部を、青年部副会長の長岡信治さんが会場内に持ち込み、用意していた炉に点火。白装束に身を包んだ鍛冶職人2人が、その火で鉄を熱して鍛造。真っ赤に焼けた鉄を打ち鳴らす作業は、イベント名の「熾盛」を再現するかのように、新たな産業の火を熾(おこ)す行為であり、見物人は、じっと作業を見守っていた。

 その後、青年部のメンバーがステージに登り、イベントの成功を感謝し、盛大なうちに幕を閉じた。
                                                (重藤)