22年ぶりの現場復帰に期待と緊張
燕三条駅長 大沼勉さん(50)
 新潟支社の広報室長から、6月23日付けで異動した。

 昭和53年、旧国鉄に入社し、東新潟港駅の連結業務でキャリアをスタートした。

 その後、越後線の車掌を務めたほか、東京で5年、新潟支社総務部の人事課でトータル14年、広報室で3年務め、今回、22年ぶりに現場の第一線に復職した。

 22年ぶりということで「期待といい意味での緊張感がある」と気合が入る。

 広報室に所属している間、JRグループ発足20周年、上越新幹線開業25周年、SLばんえつ物語号運行10周年とさまざまな節目を迎えたほか、平成19年の中越沖地震も経験。

 室長として、鉄道記者クラブをはじめとするマスコミ対応におおわらわの毎日を過ごし、特に中越沖地震の時は、約2カ月間路線開通できず、復旧状況や、代行バスの運行状況など、1日何十本とプレス発表を行い、休みなく、昼夜問わずに業務に徹した。

 「風や雨、雪など、気象状況の変化にすぐに対応し、逐一発表しなければならないのが、広報室の仕事。この3年間は、正直かなり大変だったが、とてもいい経験をさせてもらった」と当時を振りかえった。

 「道が複雑」というのが燕三条地域の第一印象だったとのこと。

 燕三条駅に赴任が決まって、業務委託している同地域の関係団体などへの挨拶回りでは、なかなか相手先にたどり着けずに困ったと、県央エリアの地図を片手に照れくさそうに話した。

 また、燕三条駅が田んぼに囲まれていた当時から比べて、最近の同駅周辺の発展、にぎわいに目を丸くする。

 同駅の現状について「当駅は新幹線を利用するビジネスマンの方が多い。それが、昨秋からの不況で乗降者、収入どちらも減少している。特に、新幹線のキップは高額なので、このような不況下では、一番打撃を受けやすい」と頭を悩ませている。

 今後は「大観光交流年ということで『天地人』をはじめ、今秋にトキめき新潟国体、新潟デスティネーションキャンペーンもある。県外の利用客に向けて、当駅管理駅内の自治体や、観光協会と協力して『おもてなし』の部分を強化し、合わせてPR活動も活発に行っていきたい」と抱負を述べた。

 また、鉄道からの二次交通手段として、一律の料金で、指定された観光スポットをタクシーで自由に行き来できる「駅から観タクン」の利用促進を図るべく、駅構内でポスターを設置するなど、PRを強化している。

 「簡単でラク、そして安く周遊観光できるので、ぜひご利用頂きたい」と呼び掛けている。

 旧新津市出身で、現在も同所に在住。

 子どもは3人おり息子さんは茨城県の大学に通っている。

 現在は、奥さんと両親、娘さん2人と暮らしており、ほかに金魚4匹、文鳥3羽を飼っている。

 本人いわく「12人家族」と呼ぶほどペット好きで「金魚にはずいぶんいやされている」とのこと。

 健康的で、交友関係も深められると、5年ほど前からゴルフも始めたほか、スポーツ観戦、特にファンであるサッカーのアルビレックス新潟の試合を観戦したり、たまにクロダイを釣りに佐渡まで行くなど多趣味だ。       
                                               (杉山)