苦境の中で創業60周年迎え
(株)東陽理化学研究所 島倉社長に聞く
―現在の状況について教えてください。

島倉社長―
大変厳しい状況。リーマンショックの影響は3年間は元に戻らないのではないか。ただ、リーマンショック前から問題はあった。我々は、燕で大手コンピューターメーカーの仕事をしていたが、日本でその仕事をさせないという話を、リーマンショック前にすでに言われていた。リーマンショック後、その仕事がほとんど中国に行った。社長になってからの1年間は本当に大変な時期だった。そのため、株式上場も進めていたが1年間は凍結して、生き残ることに専念しなければならなかった。平成22年3月期の決算も集計中だが、当初出した予定通りの赤字。しかも、中国は黒字だけれど、連結は赤字という状況。ただ、次期は燕も黒字にするし、中国もさらに黒字を伸ばし、連結でも黒字にする。そういう構想で動いている。

 リーマンショック以前の状況に戻るのはなかなか難しい。日本で何を作るのかとなると、これまでは、大手コンピューターメーカーからの仕事の比重が非常に大きく、国内の仕事が少なかった。それを、飯が食えるまでにするのに1年以上かかった。

 リーマンショック後は特に国内仕事が減少した。それは何を意味しているかというと、リーマンショック後、日本の大手の仕事が海外に出た。今、日本では、国内の大手電子機器メーカーの仕事をメーンにやっているが、リーマンショック前の仕事量の半分が中国に出た。

―今後の戦略は。

島倉社長―
これからは、日本はITを追いかけてもあまり意味がないだろうということで、ITはあまり追いかけていない。これからは、電気自動車関連の新しい分野。そこに使うパーツ類。メーンの電池は、大手がやっているので、ニッチなところを狙っていこうと考えている。

 ITを全部やめたということではない。現在、中国は高度経済成長で忙しくて人手不足で大変。中国で組み立てようとしても、人間が足りなくて組み立てができないから、日本のラインで作ろうという仕事も入ってきている。

 ただ、IT関連は非常にライフが短い。携帯電話でも、流行があるので、開発に6カ月かかって販売する期間は3カ月くらいしかない。パーツの使い回しもできず効率が悪い。また、世界的に見ると、IT関連は大部分が中国にシフトしている。日本の企業も、国内ではほとんどアセンブリーはしていない。

 デジカメ、 携帯電話、ノートパソコンは私どもの生命線。ずっとやっているが、これで成長できるかと言われれば、成長はできない。現状維持。メーカーにしてみれば日本に残しておく理由がない。メーカーももうけようと思って作る。もうけようと思えば、コストの安い中国で作った方が費用は抑えられる。ただ、自分たちの目が届くところで何か作っていないと技術が衰える。そのために、日本に10%くらい残したい。その仕事も入ってくる。低価格の商品は中国に、高級品は日本。ただ、高級品もいずれはどこでも作れるようになるかもしれない。

―厳しい状況の中、迎えた60周年ですが。

島倉社長―
60周年は意識していない。今は負の遺産をいかに早くキレイにするかに精力を上げている。また、我々は上場も目指している。ベンチャーキャピタルからの資本参加もある。なるべく、そういう人にいい形で応えてあげないといけない。それが私の使命。

 ただ、経済界は何が起こるか分からない。上場もいつまでという目標を定めると、それが足かせになってしまう。いつでもできる準備体制をとることに力を入れている。

 2010年04月27日春季特集号掲載