若者がんばる ゼロからのモノづくり
理・美容鋏製造に取り組む
滝沢製作所の滝沢尚郁さん

鋸、カンナ製造業、新潟県三条市金子新田、(株)滝沢製作所(滝沢照吾社長)の滝沢尚郁(なおふみ)さん(31)は、3年ほど前から取り組んでいる理・美容鋏製造が軌道に乗り始め、商品の製造、市場開拓の営業回りに忙しい日々を送っている。
尚郁さんは、「ようやく自分の給料が出るくらいまできた段階。事業はまだ緒に就いたばかり。今は取引先が限られている状態なので、近隣だけでなく、全国津々浦々に取引先ができるよう、自分の商品を売り込んでいきたい」と力を込めている。
尚郁さんに、新分野開拓の経緯とこれからの方向性について聞いた。
〜ゼロからの出発〜
尚郁さんが、父親の経営する同社に入社したのは今から8年前。当初は、教材用の大工道具を県内外の学校へ売り込む営業を行っていた。しかしその頃から、中学校教育の現場が、大工道具を扱う技術家庭科の授業の代わりに、コンピューター操作の習得に力を注ぐようになり、大工道具の需要が激減していた。
これまでの刃物製造のノウハウを生かしつつ、新しい市場開拓を模索していた頃、同社の隣にある、刃物の半製品を作っている(株)山村製作所、また、斜め向かいにある、理・美容鋏メーカー、(有)コスモ・スミス両社からの誘いを受け、理・美容鋏製造のノウハウを学び始めた。
尚郁さんは、「理・美容鋏を使うお客様はプロだ。そのため、市場は、若干の浮き沈みはあるにせよ、教材向けの道具などのように激減することはない。また、お客様からの信頼を得られれば、安定した伸びが期待できた」と、新たな分野に参入したきっかけを語る。
もともと、尚郁さんは営業に従事していたため、モノづくりに取り組むのは初めてのことだった。平成11年9月から、コスモ・スミスの栗林達也社長の下で、ゼロからの修業に努めた。
「栗林社長は元来、モノづくりに慣れており、その上、器用で勘が鋭い。私は自他ともに認める、無器用な人間だ。しかし、修業を始めた時、父から、『いくら時間が掛かっても丁寧に仕事をしろ。技術が身に付き、納得がいく商品ができるまで市場に出すな』と言われていたこともあり、それこそ朝から晩まで修業した」と振り返る。
修業時代は、朝は7時45分から、夜は9時過ぎまで取り組んだ。休みは日曜だけで、忙しい時など、休みが取れないこともあった。
「私が磨いたり刃付けを行ったりしたものが使い物にならず、栗林社長が、もう一度同じ作業をして商品化するということが続いた。しかし、そうした苦労を一年間続けられたことで、ようやく基本的な技術を身に付けるまでに至った」
〜独自の道へ〜
修業を始めて一年経った段階で、尚郁さんは、自分の会社に帰り、研磨機などを購入、独立のための一歩を踏み出した。
「山村社長や栗林社長からは、『まだ身に付けなければならない技術がある。一本立ちは早いんじゃないか』と言われたが、基本的な技術は習得し、あとは聞いて覚えるのではなく、手になじませて覚えるといった段階だった。父も、『このままダラダラと修業していたんでは、現状に甘える気持ちが出てくる』とアドバイスしてくれた」と、独自の道を歩き出した。
自分の会社に帰ったものの、当初は、コスモ・スミスの下請けが主な仕事だった。山村製作所からくる半製品に磨きを施した段階で、コスモ・スミスに卸し、それをコスモ・スミスが商品に仕上げるというOEMの受注が続いた。
しかし、その間も尚郁さんは、自社オリジナルの商品を作り、理・美容師に備品などを卸すディーラーに売り込むなど、市場開拓に乗り出した。
タウンページやインターネットから拾って、理・美容関連の備品を扱うディーラーの一覧を作り、片っ端から電話を掛けた。
「理・美容鋏の業界はまだまだ保守的な状態にある。鋏を大量に扱う問屋さんには、『商品アイテムが少ない』、『もう少し実績を積まなければ、扱う対象にはなれない』などと言われた。そのため、私は直接、理・美容師に備品を届けるディーラーに目を付けた。大きな問屋ほど大量に扱ってはもらえないが、すき間に入り込み、実績を積むとともに、ユーザーとの距離が近い分、ニーズを吸収しやすく、商品作りの勉強にもなる。自社商品を手に、飛び込みで売り込んだ」と、ゼロから市場開拓に取り組んだ。
こうした努力の成果が現れ始めたのは、2年ほど前。最初の取引先は、長野県のディーラーだった。その人は、ディーラーであるとともに、自分でも美容室を何軒か経営していた。ユーザーとしての厳しい目も持っており、アドバイスや要望を聞くうちに、扱いやすい商品作りの技に磨きをかける経験になった。
長野県のディーラーを皮切りに、近県や首都圏へと取引先を開拓、現在はさらに全国の市場を開拓するため、営業に力を入れている。
〜妥協しない〜
尚郁さんは、実際に作る側として商品を売り込めることと、メンテナンスに力を入れることで、他社との差別化を図っている。
「今までメンテナンスは、ユーザーからディーラー、大手の問屋、そしてメーカーの元に届けられていた。その間、時間と費用が掛かっていた。私は、安く早く、そして要望を忠実に再現できるよう、取り組んでいる」と、きめ細かなサービスを心掛けている。
現在、理・美容鋏の市場は、大きく様変わりを遂げようとしている。一頃のカリスマ美容師のブームは終るとともに、各理・美容室の、サービスの差別化が求められている。
県央地区でも、全国に展開するチェーン店が立ち始めており、極端に安いサービスで人気を呼んでいる。既存店も、ほかにはないサービスを売り込むなどして、お客を呼び込もうと懸命だ。
そうした中、理・美容鋏など備品の流通でも、変革の兆しが見え始めている。
「中国の安い商品が進出し始めている。今までも韓国や台湾から商品が入ってきていたが、値段の格差がそれほどなく、脅威とはならなかった。今出回っている中国のものは極端に安い。ただ、品質は、ホームセンターなどで売っている家庭用の髪切り鋏に毛が生えた程度。たとえプロが安さに目がくらんで買ったとしても、二度は買わないレベルだ。しかし、これが技術を上げてきて、日本製品に引けを取らない状態になるかわからない」と分析する。
今後の事業の方向性について、「ユーザーに近いディーラーとの関わりの中で、多くの経験を積み、商品に反映させていきたい。それが、大手の問屋との取り引きにも結び付く。市場開拓はまだまだこれから。妥協のない商品作りで、取り引き先からの信頼を勝ち取りたい」とし、今日も、研磨機の前に座り、微妙な切れ味を生み出している。
(三浦)
