燕市・中野助役 市長選出馬辞退
将来的に本意に沿わない可能性
議会再度要請も変わらず 今後の対応は未定
高橋甚一前市長の辞任を受けて、12月7日投開票が行われる新潟県燕市長選へ、燕市議会から出馬要請を受けていた中野邦雄助役は、11月17日午前10時から、正副議長室で赤塚功議長、大岩勉副議長へ答申、出馬要請を辞退した。中野助役は答申後、会見を開き正副議長への答申の内容を示し、12月議会の終了と同時に退任することを明らかにした。
これを受けて議会は、午後1時30分から議員懇談会を開き、再度要請を行ったが中野助役の意思は変わらなかった。
中野助役への出馬要請は、11月12日に開かれた議員懇談会で、欠席の3市議を除く全会一致で決まり、同日正副議長で要請を行った。
中野助役は17日、正副議長室で赤塚議長、大岩副議長に答申、その後、会見を開いた。
会見の冒頭、中野助役は「辞退してまいりました」と話し、正副議長に宛てた「市長選出馬要請に対しての辞退について」の文書を明らかにし、文書を解説しながら辞退の理由を説明した。
説明によると、辞退の理由は三つで、(1)気力、能力、人格において適任でない(2)要請条件は本意に沿わない(3)中野家の家訓、を挙げた。
(1)については、「高橋市長の辞任は、予想外であり自分自身も心の整理がつかない状態であるうえ、職員として5人の市長に仕えてきた経験から、市長の職責の重さを考えたとき、『気力』、『能力』、『人格』において適任でないと判断した」
(2)については、要請の条件として出された「投票条例の結果を尊重し、吉田町との合併協議を進めること」、「その他の市政運営は全て一任する」について、特に吉田町との合併について、「両市町が早急に協議すれば、17年3月までに方向性を見出せると思う」としながらも、「高橋前市長共々、県央東部合併の推進役であったことから、出馬を望む市民の多くから吉田町との合併とともに県央東部への合流の考えでの支援要請がある」と、県央東部推進の立場を崩さない考えを示した。
県央東部との合併反対で決着した住民投票について、「行政職員として住民投票条例第3条(投票結果の尊重)の重みを無視できない」と断った上で、要請条件を受け入れ、吉田町との協議を進めた場合、「将来的に県央東部合併推進を志向している支援者を敵に回す可能性があり、本意に沿わない」と、条件はのめない考え。さらに「最悪、単独で進むようになったとき、財政を熟知しているひとりとして、国、県の財政動向を考えたとき、市政運営に自信が持てず、適任者でないと考える」とした。
(3)については「中野家の家訓として、政治(選挙)との距離をおいてきており、政治の世界に身を置くことに賛同を得られない」とした。
市長の職責の重さを見て来た経験上、適任者でないこと、吉田町との合併を進めた場合、自身の考えに矛盾が生まれる状況や、家族の反対があったことを示唆した上で、「混乱を避ける一点を考えると出てもよいと思ったが、今は燕市の命運を決める大切なとき。目先の安定だけでなく、議会で腹を割って話し合い、強い方向性を見出せるリーダーをみなさんに考えてほしい」と求めた。
市長選に誰も立候補しなかった場合、心変わりすることはあるかとの質問にも、きっぱりと「変わることはない」と答えた。
答申の結果を受けて、懇談会を開くことになっていた議会は、午後1時30分から議長応接室で懇談会を開き、対応を協議した結果、午後4時ごろには再度、正副議長が助役室に出馬要請に向かった。4時40分過ぎには中野助役、赤塚議長、大岩副議長が議長応接室に入り、出席した全議員と会談、中野助役は4時40分ごろ議長応接室を後にし、懇談会は、4時50分ごろ終了した。
赤塚議長によると、再度、出馬要請したものの断られ、中野助役が全議員への説明を望んだという。懇談会で助役の線はなくなり、今後の対応について協議しないまま終了した。議会としての人選、協議の日程についても全く未定だという。
(外山)
