金子吉田町長自殺 役場ものものしく
泉助役「え、なんなんだ。嘘だろう」涙声で
17日夜報道陣が詰め掛けた役場総務課 新潟県吉田町の金子勝町長(59)が、6月17日午後2時ころ、自宅で首をつって自殺した。遺書などは見つかっていない。

 17日午後8時過ぎ、市町村合併で揺れる町の現職町長の自殺というショッキングな情報を得た報道陣が次々と吉田町役場に詰め掛けた。明けて18日の役場内もものものしい雰囲気だった。

 金子町長は、16日の6月定例会閉会後に退庁し、翌日は登庁しなかった。

 役場側は「土曜、日曜もない方であり、午前中遅い登庁もままあった」ため、遅い時間に登庁すると思っていたようだが、午後から公務で、姉妹都市提携をしているアメリカ・ダンディー村のダイヤモンド電子アメリカ支社長と町内の割烹で会食の予定だったため、午前11時に、総務課長が町長の携帯電話に掛けたが不在。自宅にも掛けてみたものの、お年寄りが応対し、要領を得なかったという。

 公務は、田中進一収入役が代理出席した。

 午後にも携帯電話に掛けたが通じず、その後、泉光一助役が午後5時半過ぎに帰宅、電話で金子町長の親戚からの連絡を受け、金子町長の自宅に行き、亡くなった町長と対面。午後8時50分過ぎに役場で緊急課長会議を開き、今後の対応について決定し、その後記者会見を開いた。

18日朝 黙とうを捧げる職員 緊急課長会議が始まる30分ほど前から、役場には報道陣が次々と詰め掛け、課長会議の最中も会議室の外に張り付いた。

 会議室前の廊下は、夜間ということもあってエアコンも切れており蒸し暑く、十数人の記者、カメラマンがじりじりと会議の終了を待った。

 課長会議が終わったのは午後9時40分ころ。泉助役、田中収入役、川上明雄教育長ら4人が報道陣に応対した。

 泉助役が「それでは、吉田町長の死去についての発表をさせていただきます」と切り出し、死亡推定時刻、葬儀の日程など、基本事項を簡単に伝えた。

 続いて、報道陣の質問に「遺書などは見つかっていない」「最後に会ったのは、きのうの議会が終わった後、帰宅する時」と手短に感情を押し殺した様子で答えていた。

 町長の突然の死を市町村合併に関係づける言葉を引き出そうとする質問には、「仕事をする者はいかなる苦労もあるもので、今、申し上げるとあたかもそのように受け止められるので」、「新聞で報道された通りのことです」とむっとして答えていた。ついには、合併で悩むことについて「それはどこだって同じでしょう」と声を荒げて答える場面も。

 最後に、町長の死を知ったときの心境について尋ねられると、しばらくうつむいてから、涙声で「え、なんなんだ。うそだろうと思った」と苦しそうに答えていた。

 会見は午後10時ころに終わった。  

 明けて、18日。始業前の午前8時25分、館内放送で「これより本職員により、町長の冥福を祈りたいと重います。黙とう」と入り、全職員が黙とうを捧げた。

 課長の中には声を詰まらせ、手にしたハンカチで目頭を抑えた後、とつとつと必要事項を伝え「町政への停滞を来たさないように、職員が一致団結して職務に従事してほしい」と呼びかける人もいた。

 葬儀は、19日午前9時から通夜。20日午前9時半から告別式、午前11時半に出棺。会場は両日ともに燕市杣木、セレモニーホール飛燕。

 遺族の希望により町葬ではなく、金子家の葬儀として行う。

 公職選挙法の規定によれば、首長が不在となった場合は、理事者が選挙管理委員会に通知した日から50日以内に選挙を行うことになっている。町では、告別式を終えた後に選挙管理委員会に通知することにしている。

 職務代理者は当分の間、泉助役が務める。
                                                 (重藤)