金子町長の逝去に哀悼の意
高橋燕市長、一般質問答弁の前に
 金子勝新潟県吉田町長の自死を受けて、高橋甚一燕市長は、6月18日午前9時半から開かれた燕市議会6月定例会本会議で、本多了一市議の合併に関する質疑の答弁に立ち、「お答えする前に」と断って、金子町長に対して哀悼の意を表した。

 高橋燕市長は「昨夜、友人であり、同志である吉田町の金子勝町長の訃報を突然聞き、驚愕し、言葉を失った。(合併問題で苦しんでいる)同じ立場なだけに残念でならない。ただただご苦労様でした。今朝、ご自宅でご遺体にお参りしてきた。眠るがごとくで、心から、言葉に出して『ご苦労様でした』と申し上げた。残念でならない」と述べた。

 述べながら時に涙声になり、本多市議の質疑に対する1回目の答弁を終えて、市長の席に掛けてから、眼鏡を外し、ハンカチで目頭を押さえていた。

 政治家は、意見の異なる相手と闘う厳しい職務柄、昔の武士と同じで、人前で涙を見せてはならないとされる。しかし、この日は、特別だ。

 県央東部での合併に向けて、県の当初のシミュレーションに基づき吉田町も県央東部に参加するようにと、金子町長に働き掛けてきた高橋燕市長。

 金子町長は、町議会の同意を得ないまま、西蒲南部・寺泊町村合併検討協議会から離脱し、その後、燕市との合併を模索するなど、揺れ動いてきた。

 同町の県央東部への参加は町議会の同意を得られる状況ではなく、燕市も、吉田町との2市町による合併はあり得ないとしてきただけに、金子町長は、迷いに迷って合併問題の方向を打ち出せなかった。

 県央東部での合併に向けた法定合併協議会の設置について、燕市議会が賛成派と反対派が拮抗。連日、同意を求めて誠心誠意、答弁している高橋燕市長も苦しい日々を送っているだけに、それが金子町長の死因の一つとも憶測されており、言葉に言い表せない複雑な思いがあるのだろう。
                                                (社主)