三条八幡宮で仮殿遷宮祭
金山神社にご神体移す、いよいよ解体へ
拝殿などの再建を間近に控えた、新潟県三条市八幡町、三条八幡宮(藤崎重康宮司)は、5月18日午後9時から、仮殿遷宮祭を行い、八幡宮と末社の五社神社のご神体を、仮殿とした金山神社に移した。
八幡宮の再建は、再建奉賛会(捧賢一会長)が中心となって進めている。5億円余の事業費で、社殿のうち、拝殿と本殿の囲い、五社神社、神楽殿などを再建する。来週から解体に入り、来年の春季大祭までの再建を目指している。
設計は、三条市東裏館1、(有)熊倉建設設計事務所と同市塚野目4、(株)アセス、建設は宮大工の栄町泉田新田、(株)佐藤建設が行う。
現在の社殿は、明治13年の大火で焼失した後、同28年に本殿を、同35年に拝殿をそれぞれ再建されている。100年以上が経過し、老朽化が著しい。
境内に掲げられた再建の公告文にも「老朽化が激しく、危険が伴うため」と記しているほど。
この日行われた、仮殿遷宮祭は、社殿を再建する際に、ご神体を別の場所に移す儀式。この日の神事も古式にのっとり、ご神体が人目に触れぬように夜間に進められた。
神事には、八幡宮の馬場信彦祭典委員長、捧再建奉賛会会長、高波久雄八幡宮総代のほか、先供組合、道祖神組合など関係者20人ほどが参列した。
午後9時ちょうどに、藤崎宮司が拝殿内に入り、修祓の神事が始まった。
藤崎宮司は、通常の神事でまとう装束に加えて、頭と体、木綿鬘(ゆいかづら)と木綿襷(ゆいたすき)をまとった。これは、麻製のひもを束ねたもので、遷宮祭など、より身を清める必要がある神事の際に用いる。
続いて、遷去儀に入り、藤崎宮司が祝詞で、老朽化した拝殿を建て直すために、ご神体を仮殿に移動する旨を奏上した。
本殿内からご神体を運び出す儀式では、まず、神職2人が、威儀物である金幣(きんぺい)と銀幣(ぎんぺい)を拝殿の外に運び出した。その後、ご神体に光を当てないように拝殿内の照明を消し、フラッシュを使っての写真撮影も禁止され、藤崎宮司が本殿内に入った。
本殿内からご神体を運び出す時は、ご神体を藤崎宮司ごと、白い大きな布で覆い隠した。
八幡宮からご神体を運び出すのと同時に、五社神社のご神体も運び出されており、金山神社までの間を、八幡宮ご神体、五社神社ご神体、間を空けて参列者が続いた。
暗がりの中、提灯の明かりのみで大きな白い布を先頭にした行列が行進する姿は、街頭などの明かりがあるとはいえ、荘厳で、参拝に訪れていたお年寄りは、感嘆の声を上げていた。
金山神社本殿内にご神体を運んだ後も儀式は続き、藤崎宮司が、祝詞で金山神社がしばしの仮殿となることを奏上。供物を捧げ、参列者が玉串を奉奠し、午後10時ころに仮殿遷宮祭が終了した。
儀式が終わった後、藤崎宮司は参列者に向かって「ことしの大祭でのご巡幸の時も天候に恵まれた。きょうもご神体に雨が当たっては申し訳ない、と心配したが、神のご加護があった。私を含めて、初めての得がたい経験をさせていただいた。再建に向けての節目の一番大事なお祭りが、厳かに挙行できたことに感謝申し上げ、これからもご協力を求めていくことになりますが、よろしくお願いします」と挨拶した。
なお、23日(日)午前11時から、建物の神に解体する旨を告げる社殿取毀始祭を執り行った。
(重藤)
