貴重な体験、教師として生かす
青年海外協力隊 小澤直義さん南ア・ジンバブエから帰国
平成14年7月、青年海外協力隊員として、南アフリカ、ジンバブエ共和国に野球指導で赴任した、新潟県燕市花園町、小澤直義さん(24)がこのほど帰国。
8月3日午前9時30分に、高橋甚一燕市長を表敬訪問して赴任先や任務の様子を報告した。
小澤さんは、小学3年から野球を始め、燕高校、日本体育大学と野球部に所属。大学時代、野球部の先輩が青年海外協力隊の一員として活躍していることもあり、青年海外協力隊に応募した。
赴任先のジンバブエでは、大学の学生や先生、学校教育の野球指導、クラブチームなどの手伝いも行なった。赴任初年度には、ジンバブエナショナルチームのコーチも務め、ジンバブエのチームは南部アフリカ予選で2位に、アフリカ全土から出場するオールアフリカンゲームで3位となった。
小澤さんは「クラブチームの指導は技術が中心だが、子どもたちはほとんどルールも知らない。ボールの握り方やグローブのはめ方から教えた。また、『なぜ、マウンドは高くなっているのか』などの質問や、逆走、バット握り方が逆の子もいた。バットの握り方は指導すると『こっちの方が打ちやすい』と言われたこともあった。とにかく野球を楽しくすることを大切にした」と、指導の様子を説明した。
赴任中の出来事について「日本人が少なく、目立つので視線が痛かった。事前に治安が悪いと聞いていたが、危険な場所に近付かなければ大丈夫。時々、テレビで日本の紹介をしているが、中国の中に日本があると思っている人がいるなど正確に理解している人は少ない」と話した。
食物の話では、「トウモロコシの粉を熱湯で溶いた主食の『サザ』が気に入ったので、食べものには苦労しなかった」とし、「材料を日本から送ってもらい、生鮮食品は現地のものを使って、一度、お好み焼きを振る舞ったが、現地の人は首をかしげて『私にはサザがおいしい』と気に入ってもらえなかった」と紹介。
赴任中一番困った出来事の話では、不況による異常なインフレを挙げた。
ジンバブエは、インフレ率300%で、赴任当初、固定レートで1USドル=55ジンバブエドルだったが、これがオークションレートに変わり、正規レートで1USドル=4300ジンバブエドルに跳ね上がったという。「急激なインフレで、お札が足りなくなってカードやトラベラーズチェックを使ったこともあった。ジュースを買うのにも数枚の札が必要で、買物に札束を抱えて出たことも」と話した。
小澤さんは、中学の体育教師志望。2学期からは西川竹園高校へ臨時の常勤教員として赴任する。「教員としてこの経験をどう生かせるかが課題。日本人がほとんどいない国で、1人で暮らしたことは自信になった」と話していた。
高橋市長は「元気でなにより、中学校の先生になったら、是非、燕市に来て下さい。地元の後輩たちに、経験を生かした指導を」と、期待を寄せていた。
(外山)
