三条市議会 注目はダム管理と河川改修
 新潟県三条市議会は、9月15日午前10時から、9月定例会の本会議を開き、市政に対する一般質問で相田邦夫、横山一雄、藤田雄司、米田美智子、土佐敏夫の5市議が、7・13水害について高橋一夫市長の考えを質した。

〜ダムと泥の関係は? 笠堀ダム 事前放流は無理〜

市長を批判する相田市議 この日も前日の一般質問に続いて、多くの市議が、ダム管理と今後の五十嵐川の改修を取り上げた。

 最初に登壇した相田市議の「ダムと泥には関係があるのかないのか」との質問に、高橋市長は「私も専門家ではないが、調べた範囲では、大谷ダム、笠堀ダムとも、溢れた水を流すことはできるが、底の水を流すことはできない。最近のダムはできるそうだが。五十嵐川のダムよりも下流部に流れ込んでいる他の河川が大きな被害を受けているからではないかと考えている」と答えた。

 また、ダムの効果について高橋市長は「本来、水をキープしておいて、下流の水位が下がったら放流すれば効果があったのだろう。しかし、ダムは上流部のすべての水を抱えているのではなく、他の川からドンドン五十嵐川に水が入って来て、下流の水位が下がっていない中で、ダムが放流して破堤に至ったのだと感じている」と答えた。

 藤田市議は「あくまでも、笠堀ダム単独では、適切に管理されていたのかもしれないが、ダムだけでなく、信濃川、大河津分水など全体で検証する必要があるのでは。マニュアル通りに行わず、もっと早めに放流していたならば、決壊を防げたのではと感じているが」と質問。

 佐藤和夫助役は「県からは、ダムの計画以上の流入があったため、ただし書き操作に入ったが、管理は適切だったと聞いている。そこで、県が設置した調査委員会の調査で、ダム効果なども調査しているので、今後、明らかになってくると思っている」と答えた。

 今井國雄建設部長は「笠堀ダムは、洪水調節のほか、発電、灌漑と多目的ダムであり、すべての貯水容量を洪水調整に利用することはできない。また、精度の高い雨量予報ができない現在では、あらかじめ放流するのは無理だと聞いている」と答えた。

 米田市議は「ダムが2つあったということでダム神話があったが、現実はダムがあっても大丈夫ではない、ということをもっと広めてほしい。また、多目的ダムであらかじめ、放流するのに権利関係などがあるのだろうが、洪水時はあらかじめ放流できる方向に持っていってもらいたい」と質問。

 高橋市長は「私も、水害にあってから勉強したのだが、ダムを正確に理解することは大切。ダムより下流に降った雨はすべて流れてくるわけであり、雨の降り方によっては、ダムがあれば大丈夫というわけではない。さらに、ダムについて研究していきたい」とした。

 五十嵐川の改修については、土佐市議が「川幅を100メートルから115メートルにするというが、もっと余裕のある幅にすべきでは。また、住居移転による代替地はどこになるのか木造の一新橋をこの際なのでやめて、別の場所に橋をかけてはどうか」などと質問。

 高橋市長は「2度と水害が起こらないような改修を目指しており、県の計画ができて、それを見て、さらに要望していきたい。橋の架け替えは必要になってくると思うが、一新橋の改良なども含め、市の総体的な負担額について十分検討したい。代替地は、移転される方々の意見を聞きながら考えていきたい」とした。

〜本部離れるな 議会軽視だ 高橋市長に非難集中〜

 高橋市長が、7月13日の午前10時半から午後零時半まで、五十嵐川の状況を確認するために市役所を離れたことについて、相田市議は「市長の当日の行動記録を調べたら、10時40分から正午までパトロール車に乗っている。きのうの答弁では、午後零時半に帰庁したと言っている。この間、何をしていたのか」と質問。さらに、災害発生直後の対策本部の対応などを批判。

 また相田市議は、災害発生時から議会を経ずに多額の補正予算を専決処分したことについても「議会軽視だ。三条市長は、加茂市長よりも独善的という人さえいる」と批判した。

 高橋市長は、まず災害発生当日の行動について、「正午に市役所に戻った時、ちょうど消防長と会い、これから信濃川の様子を見に行くとのことだったので同行した」と答え、行動の詳細については「当日は、御蔵橋から右岸を上流に向かって走り、清流大橋が決壊したという情報が入ったので向かった。途中、一新橋で土のう積みを行っているのを確認している。清流大橋については、橋の近くにあった水田を守っている堤防が決壊したとのことだった。その後、下流に向かい、渡瀬橋の附近で下の道に降りた。私の家は、河川区域内にあり、子供の時から増水を経験している。その経験から言って、川の水が増える時は、川の中央が盛り上がっているということを子供の時から聞いていた。正午から信濃川を見に行った際、自宅の庭に行って、川の様子を見たが、御蔵橋が流された時よりも水位は低く、この辺で落ち着くだろうという印象だった。しかし、市役所に戻ってから、助役からダムの放流について聞き、2時間後には水が来るということで、助役が発令した避難勧告は妥当だったと思った」と答えた。

 職員への批判や議会軽視との声に対しては「まったくそのような気持ちはない。部課長について、あえて言うならば、2週間は市役所に泊り込んでいた。私も、後になって、あの部課長の自宅も大きな被害を受けたと知ったほどで、対応時は自宅が被災したという顔色はまったく見せなかった。公務員のすごさを見せ付けられ、頭の下がる思いだ」とした。

 さらに、相田市議が「市では分厚い防災計画のマニュアルを用意しているが、マニュアルを上回る災害にマニュアル通りでは対応できないだろう」とすると、高橋市長は「役所に来て感じていることだが、柔軟な発想をしてベストを尽くした結果、責任は追及しないという雰囲気が形成できていなければ、マニュアルがないと難しい」と答えた。

 横山市議の「避難勧告は、災害対策本部長が出すものであり、市長が現場に出るのならば、助役を長とした組織を作るべきだった。本部が混乱した原因は何か。なぜ、市長が本部を離れなければならなかったのか。責任のすべては本部長に集まるものだ」との質問に、高橋市長は「ニューヨークでは、現場の課長の責任で避難勧告を出すそうだ。一刻を争う時に、会議して説明を聞いているよりも現場で判断すべきだと感じている。責任については、あくまで私にあると思っている」と答えた。
                                                (重藤)