やわらかく癒しの道路を
三高新校舎竣工式典 川崎清さん講演(下)
 環境と建築物は密接に関わっている。

 例えば、日本では家に入ると靴を脱ぐ。高床式は世界のごく1部のみ。日本では数千年の風土、歴史の中で培った。

 縄文時代は土足、竪穴住居。縄文人は一説には氷河期が終わった後の小氷河期に、海水面が下がり、東南アジアの諸島が大陸とつながったことから、日本にもやって来たという。生活は狩猟と採集で計画的な水田はなかった。

 中国は、黄河流域が中心部とされているが、揚子江流域の発掘調査で、炭化したコメ、高床式住居の材料が出てきた。

 殷、周の時代の後に春秋戦国時代がある。その中で、有名な呉越同舟の言葉がある。両国とも揚子江流域の国で、呉は越に滅ぼされ、越は中原の楚に滅ぼされた。

 畑作の民族は土足の住居、湿地帯でコメを作る民族は高床住居だった。中国には南船北馬という言葉もある。

 呉、越が滅びると、その一部が日本に逃れ、弥生文化のきっかけをつくったという。別方面では、東南アジアや雲南方面に逃れた、ともされている。

 漢民族は騎馬民族の血を受け継いでおり、相手を包含する。日本でも縄文人と弥生人の争いはあったが、次第に共生していった。日本では高床と土間が共生している。

 そう考えると、靴を脱いで上がるのは少数で、大部分は畑作。日本では、共生しながら2000年の歴史の中で我々の家に定着した。

 さて、西洋建築について。源はギリシャにあると言われている。私もアクロポリスなどを見た。日本は明治以降、そういった文明の影響で発達した。

 大きな都市計画の考え方になると、パリなど、まっすぐ道を通すスタイルになる。日本は、東京や京都はまっすぐだが、土地に合わせて道ができる。中国の江南地方は、湿地なので、まっすぐな道があるような景観はしていない。

 日本は西洋文明によって都市が発達した。自動車、列車はまっすぐでよいが、人の営みの中では、やわらかい空間に住みたいもの。まっすぐというのは、スピード、効率のためにはよい。従来は機能的な道づくりがされていたが、これからは人の道づくり。少し曲がっていてもコミュニティーのための広場があるなど、そういうまちづくりが必要。

 日本人は高床で生活している。45センチほどの高さが1番よい。自然のものを利用して住宅としてきた。新しい住宅の材料は、人工的で湿気を吸ったり吐いたりしない。

 環境のために、太陽電池、風力発電などのポジティブな手法も必要だが、その前にやるべきこともある。例えば、美術館の収蔵庫を板張りにすると空調が要らないように。

 最後に、この校舎の設計については、なるべく木でやわらかみ、人にとっての癒しを与えるべく、ある程度の湿度調整してくれるようにした。

 私たちが学んだ校舎と同じような環境で学んでほしいという願いを持って、木を取り入れた。
 環境によって人はつくられる。そして、つくられた人は、新たな環境をつくっていく。1日、1日を大切に学び、そして遊び、将来、立派な社会をつくってほしい。   
                                                (重藤)