田植機マザー工場であり続ける
(株)井関新潟製造所、平田修社長
 新潟県三条市西大崎三、(株)井関新潟製造所の平田修社長は、昨年12月1日付けで親会社の井関農機(株)開発製造本部開発製造業務部中国業務グループ・グループ長から異動となり、井関新潟製造所社長に就任した。

 国の具体的な農業政策が不透明で、国内農家にも「様子見」という感が強いなかでも「やりようによって、まだまだ農業機械は捨てたものではない。井関農機の田植機を製造するマザー工場として、地元の期待も大きい地場産業ということも忘れずにやっていきたい」と話す。

 松山、熊本の生産工場やヨーロッパへの赴任など主に製造、生産技術に関わる部署を経てきた。前職は、中国江蘇省常州市に位置し、日本から輸出された田植機などの半製品を完成品として出荷している生産工場と日本との橋渡し役、収益面も含めた生産管理も請け負った。井関農機では同工場を中国における部品調達のハブにする予定もあり、現地で「原価的に厳しい」面を克服するため、今年6月から8月まで現地調達に関するプロジェクトも行った。「中国市場は伸びている。流れとしては現地調達率を上げていく。現地調達は井関農機としての課題であり、第1ステップの途中」とする。現状で現地調達率は歩行型田植機で約30%、乗用で約27%。

 吉林省ではコンバインについて中機北方機械有限公司に技術供与し、販売網を築いている。

 中国市場について「農業の機械化率を上げるための政策で、中国政府から農家に対する補助が続く見通しで、世界的大不況の影響はほとんど感じられないほど。今後は何か違ったかたち、例えば今は俗に『袋取り』と呼ばれるホッパー型のコンバインが主流だが、日本で主流のグレンタンク型への移行など、ニーズと原価をすり合わせながら新たな提案が必要。設計、開発の段階から考える必要がある」と期待度の高さを示した。田植機やコンバインのほか、新潟製造所で製造する野菜移植機もサンプルとして輸出されている。

 円高の影響については「輸出と製造時期にズレがあることや、社内レートを設けていることもあって影響を回避できているが、原価の面で厳しさがある」とする。

 新潟製造所への赴任にあたって「与えられた自分の責任を全うしようという気持ちでいるので、どこへ行っても大きく意識が変わることはない。『郷に入れば郷に従え』」と話す。

 製造に関しては「製造品質を上げて、製造時に由来する不具合をゼロに。お客様に喜ばれる製品づくりの社是に沿うものづくり」、「生産の効率化、コストダウンを含めた収益性の確保」を挙げた。「IT機器で管理は容易になったが、コミュニケーションによって理解を深め、将来に向けた話ができたら」と社員との共通認識も構築したい考え。

 同製造所の製造に協力している地元企業などで構成する生産協力協同組合についても「井関グループの田植機のマザー工場として、品質を第一に共存共栄していくことが生き残りの方策」と、今後も良好な関係を維持したい考え。

 平成21年度の生産計画は、乗用田植機が9000台、中国向けの歩行型田植機が4000台、国内向け歩行型田植機が1000台で、昨年度の乗用型1万2000台、歩行型3000台(計画ベース)と比べて生産台数は減少している。韓国市場も4割減と厳しい状態が続く。

 モデルチェンジ、国の食糧政策の好転と、海外農産物に端を発した、消費者の食の安全性への着目でマインドが上がった昨年から一転、国の政策の不透明さもあって、国内の農家は様子見の感が強い。「中国は倍増しているが、国内で今後、需要が急速に伸びるとは考えられない。前例を見ると、農機の不況は一般の不況より少し遅れて来ているので、今が底の状態という気がしないわけでもないが、不透明な状態がいつまで続くのか。現状ではコストを下げ、生産工程を考えながら収益を確保するしかない。田植機のマザー工場であるためにも、生産協力協同組合とともに、どうやって効率を上げるかにかかっている」と、さらなる効率化を目指す。

 設備投資についても「マシニングセンターなど昨年も行ったが、古い機械はまだある。最小限の投資で最大限の効果となるよう、少しずつ進める」とした。

 井関農機本体は、今年で85周年を迎え、田植機についても「付加価値を付けた商品のリリースもあるのでは」とみている。本社では環境に配慮したエンジンや、低コスト農業の提案などを進めている。

 熊本県出身、冬の新潟特有の鉛色の空を見て「(赴任経験のある)イギリスの空に似ている」と話していた。    
                                               (外山)