南無阿弥陀仏とは「おかげ」を知ること
百万遍知恩寺、服部法丸台下巡教 三条 浄土宗極楽寺
藤田住職 浄土宗の開祖、法然上人の没後800年「800年大遠忌」を来年に控え、7日午前10時から、三条市本町3、浄土宗法王山極楽寺(住職・藤田坤士上人)に京都の浄土宗大本山、百万遍知恩寺の法主(ほっす)、服部法丸台下が巡教。法要と教示を行った。

 参加者は、檀家と県内の僧侶合わせて、およそ150人。

 服部台下の法要に先立ち、同寺、藤田直規(ちぎ)副住職夫人で、プロのバイオリン奏者の藤田旬葉(まさよ)さんがバイオリンコンサートを開き、「ムーン・リバー」や「川の流れのように」を演奏。途中、藤田副住職夫妻の息子、孝惇(こうじゅん)君が舞台に上がるハプニングがあり、会場を沸かせた。

 次いで、同宗新潟教区長の高橋清純上人が開会あいさつ。今回の巡教の候補に、藤田住職が真っ先に手を挙げたエピソードなどを明かし、「これから台下のお話しになることは、法然上人の直々の御説法としていただきたい」と檀家に呼びかけた。

 そのあと、知恩寺執事長の長谷雄良祐上人が巡教趣旨、知恩寺、台下の紹介を行い、「今回の巡教は8年前から始め、本年が最後の年。8年かけて日本全国を回り、その最後が極楽寺。御縁を頂戴した。台下もみなさまにお会いできることを大変喜んでいる。どうかしっかりお受け取りたまわりたい」と話した。

 午前11時を過ぎて、服部台下が入堂。法要を行った。

 法要が終わると、教示に移り、服部台下は、それまでの威厳を感じさせる高僧の雰囲気から一変、親しみやすい口調で、「いよいよ今日は最後の日、これが終われば列車で京都に帰らせていただく。大いに張り切ってお話しさせていただきたい」として、浄土宗の総本山や住職の仕事を紹介。

 その中で、法然上人の教えを伝える布教の仕事について、「私は、これまで、『南無阿弥陀仏』の中身を伝える布教の仕事をしてきた。北海道から沖縄まで赴いた」とし、百万遍知恩寺の法主に就任した5年前を振り返り、「そのころから浄土宗の世界がだんだん騒がしくなってきた。800年大遠忌のお勤めをすることになったからだ」とした。

 そして、800年という時間について、服部台下自身が檀家で遭遇した出来事から、「自分と直接、血の通ったおばあちゃんでも、100年経てば、みんな顔も声も忘れてしまう。しかし、法然上人は800年経った今でもいろいろ教えてくださる」と述べた。

 そこから話は、法然上人が浄土宗を開いた経緯に及び、「一般の人が誰でもできる方法で、救うべき。一部の貴族にだけ通用するものではない。それがお釈迦様の教え。それを日本で受け取ったのが法然上人」とし、「南無阿弥陀仏とは『仏様、どうぞよろしくお願いします』と頭を下げること」と分かりやすく説明。しかし、服部台下は、「これを話してみても、なかなかうまく通じないことが多い。私はみなさまの生活の中に生かしていただきたい」とし、考えた末に、「南無阿弥陀仏とは難しいことではない。結局のところ、南無阿弥陀仏は、『おかげさま』と平仮名5文字で表現できる」という結論を出し、「人間とは自分の力で生きているのではなく、多くの『おかげさま』の力で生きている」とした。

教示する服部台下 今年で83歳となる服部台下は、80歳を過ぎ、「忘れていたことに気がついた」と話し、「私は姉3人、私1人。3つまで母乳を頂いて生きた。しかし、そのおっぱい代を払っていない。みんな、おっぱいで1人前になってきたが、おっぱい代を払ってきただろうか。みんなタダ飲みでっせ」と会場を笑わせた。「それに気付いたときには、母は亡くなっていて非常にくやしかった。しかし、仏様は、きっと、その思いをくんで下さる」。

 また、「恩を知る」と書く知恩寺の名前の由来を紹介。「このお寺の名前から、私は念仏を唱えさせていただいている。南無阿弥陀仏とは『おかげ』を知ること。つい忘れがちではあるが」と話した。

 話は作家の吉川英治に及び、昭和34年、吉川が文化勲章を受章し、その2年後に開かれた受章記念講演の途中で涙を流した話を語り、「感動的な話をしていたときとは違う。『宮本武蔵』のチャンバラの場面の話。先生は我々の方を向いてこうおっしゃった」として、吉川が、これまでの人生で1番迷惑をかけたのが妻であることに気付き、妻に感謝し、それまで自身の才能で受章したと思いこんでいたことがうぬぼれであったと気付き、「我、生きるにあらず。生かされている」と吉川が述べたことを話し、「これが『自分以外は皆師匠』という名言につながっている。もう『おかげ』ならざるを得ない。本当の商売人は、『お得意様のおかげでございます』と考えるし、『よく、コシヒカリを育ててくれた』と大地に頭を下げるのが立派な農家」と述べ、最後に、「(800年大遠忌)の御法要が無事に終われるように、と思っています」と教示を終えた。

 そのあと、浄土宗新潟教区教化団長の鈴木光徹上人があいさつ。服部台下の教示を総括し、最後に藤田住職が登壇。「この話を持って帰り、家族と話し合っていただければ幸い」と締めくくった。 
                                                (細山)
 2010年06月09日本紙掲載