「社員を幸せにするのも不幸にするのも経営者の人間性」
創明工芸・澁木社長、同友会燕支部例会で報告
澁木社長 ステンレス製品製造・総合プロデュースの燕市吉田法花堂、(株)創明工芸社長の澁木恒利さんが、このほど、新潟県中小企業家同友会燕支部の例会で報告。幼少期のいじめ、父との確執、信頼していた社員の死など、これまでの半生を赤裸々に振り返り、そこから行きついた経営スタイルについて話した。

 この日の例会は、一般にも広く参加を呼び掛けて開催し、会員、ゲスト含めて北は村上市から南は神奈川県まで50人ほどが参加した。開会で滝本勝則支部長は、「澁木さんの話を聞いていただいて、未来に向かって何か1つでも持って帰っていただければ」と有意義な例会にしてほしいと呼び掛けた。その後、澁木さんの紹介が行われ、さっそく報告に入った。

 澁木さんは、まず、小学生から中学生時代にかけてのいじめについて話し、「小学生のころから、なぜ生きているのか、何のために生きているのかと常に考えていた」、「何かあるたびに自分を変えよう変えようと考えていた」と苦しんだ幼少期について語った。

滝本支部長 続けて、父親について「父は創業社長で、エネルギッシュでカリスマ性もあった。その分、自己主張が強く、自分の価値観以外は認めないという人だった」と紹介し、澁木さん自身の価値観、考え方のすべてを否定され続けたという思春期から青年期にかけての父親との確執についても話した。

 澁木さんは、「家にも学校にも居場所がなく、死のうとは思わなかったが、死にそうなほどに辛かった」と、当時、言語障害や赤面症などの症状も出ていたことなど、当時の苦しみを包み隠さずに話した。

 こうした状況を救ってくれたのが、「いつも私に感謝してくれて、あなたのおかげ」と言ってくれる妻の存在と話し、「そのおかげで私もお前のおかげと感謝できるようになった」と、「不幸というのは自分で作るもの。自分の言った言葉が自分に返ってくる。自分で地獄を作って、そこに入っていく。そんな泥沼のような状況から妻が救ってくれた」と、マイナスのらせんから抜けることができたと話した。そして、「そうすると、父にも感謝できるようになった」と、父との確執も解消されていったとし、「伝えない感謝、実践しない感謝は本当に意味がない」と感謝の大切さを伝えた。

 話は創明工芸設立時に移り、「最初は父の会社の1部門という感じだったが、毎月毎月大赤字。そのため、社員にも負け犬根性が染みついてしまっていた。なんとか社員を笑顔に、ハッピーにしたいと考えた時、何のために会社があるのか、何のために経営しているのか、何のために社員が働いているのか。会社の方向性と社員の方向性が違っていたらうまくいくわけがない」と考え抜いた末、澁木さんがたどりついた答えが「誰もが自分の1番大事なもののために働いている。それは何かと言えば愛する人。自分自身と家族のために働いている」。そして、会社の方針を「社員とその家族を幸せにする」と定め、それを実現するために社員教育の取り組みを始めた。

 しかし、すぐにはうまくいかず売上は半減、さらに追い打ちをかけたのが、澁木さんが右腕と信頼していた社員の突然の死。「ショックと喪失感が非常に大きく、経験したことのないような悲しみだった。葬式の時には、人生で初めて泣き崩れて立っていられなかった」と当時を振り返った。それでも、「自分にはまだいてくれる社員がいる」と、心を立て直して仕事に向かった。

 ところが、亡くなった社員の次に仕事ができた社員の問題行動がエスカレート。「パワハラ、いじめ、腕はあるのに半日でできる仕事を1日かけてやって残業代を稼ごうとしたり、かげで私の悪口を言い、自分で作った製品に傷をつけたりもしていた。そこで、ほかの社員にも聞くと、腕はあるが、いない方がいいという総意でやめてもらった」。

 技術のあった2人の社員がいなくなったことで、一時は、製品の品質、製造スピード共に落ちたが、「問題のあった社員がいなくなったら、最高のチームが出来上がった。社員の人間性が上がったことで、製品の品質も上がった」と、稼働率が上がり、経費は下がり、社員のモチベーションは上がり、半減した売上もV字回復したとした。

 最後に澁木さんは、「今までの苦労や大変なことは、全部意味があった。全部がいい方向に回った。その中でも、自分が正しいと思ったことはやり続けた。何度もやめようと思ったことはあった。社員教育も最初はうまくいかなかったが、しつこくやり続けたことで結果が出てきた。経営というのは経営者の人間性が形になったもの。社員を幸せにするのも、不幸にするのも経営者の人間性にかかっているのではないか」と締めくくった。 
                                            (石山)
 2012年06月18日本紙掲載