三条帰郷後の画業、勤皇≠ノこだわらず
没後150年 村山半牧後期展、三条市歴史民俗産業資料館
 2018年10月24日本紙掲載
 新潟県の三条市歴史民俗産業資料館(北浦哲雄館長)で開催中の企画展「没後150年 村山半牧」は、10月16日から後期展として半牧が京都から三条に帰郷した後の作品に入れ替え、11月11日(日)まで開催している。

 村山半牧は、文政11年(1828年)の三条に生まれ、長谷川嵐渓に師事するなどした後、京都で南画家として活動した。「悲劇の勤皇画家」のイメージが強く、京都では勤皇派の人物との交友もあったが、いわゆる「勤皇の志士」として具体的に活動したことを裏付ける、または否定する史料は未だ発見されていない。

 今回の企画展では、あえて悲劇の勤皇画家のイメージにこだわらず、南画家としての画業を、年代を追いながら振り返ろうというもの。前期展では嘉永から文久年間までを、後期展では元治元年(1868年)に京都から帰郷し、慶応4年(1868年)に自死する4カ月前までの作品が中心で、巻子の「蘭竹手本」、豆本の「半牧方士画帖」は公開する部分を変えての展示。

 蘭竹手本は、政治的動乱によって治安が悪化した京都から半牧が帰郷する折、長野県安曇野に住む元弟子、藤森桂谷を訪ねた時に描かれたもので、元治元年の甲子の年に訪れたことなどが記されている。

 「赤壁図」は三国志の赤壁の戦いで知られる同地を、宋代の文人が古戦場として見た「後赤壁腑」の情景を描いたもので、ゆったりとした時間が流れているかのよう。

 「菊図」は花瓶に入った菊を描くばかりでなく、花瓶に山水画を描いた遊び心のある作品で、「自由闊達な画風」で知られる半牧の作風が晩年に差し掛かって円熟味を増していることが見てとれる。

 開館時間は午前九時から午後五時まで、入館無料。

 会期中は29日(月)、31日(水)、11月5日(月)が休館。
                                             (外山)