現代生きた三条文人、華やかな交流
片野松外とその周辺展
 新潟県三条市立大面小学校初代校長を務め、旧大面村長、教育会長(教育委員長)などを歴任した文人、片野松外の作品や交流があった文人たちの作品など松外のコレクションを展示する「片野松外とその周辺展」が、11月9日から11日(日)まで同市農村環境改善センターで開かれた。松外の曾孫、大橋美江子さんの協力を得て初公開を含む書画53点が展示された。

 松外の地元栄地区で、その人物像や交流のあった文人たちを紹介する企画展をと越佐文人研究会からの働きかけがあり、栄地区の歴史研究家、日本画家、俳人、書道家、写真家などで実行委員会を組織して開催されたもので、松外に関する企画展は平成21年に三条市歴史民俗産業資料館で開かれて以来、9年ぶり。栄地区では平成7年以来、23年ぶりとなる。

 片野松外は文久元年(1861年)に旧南蒲原郡福島村猪子場新田の庄屋坂井家に生まれ、明治に入って旧大面村の庄屋片野家の養子になった。新潟師範学校を卒業して教員となり、旧中之島村中通小学校、大面村大潟小学校などで校長を歴任、教職を退いた後、村議会議員、村長、教育会長の公職に就いた。81歳、昭和16年(1941年)まで現代を生きた三条文人で、諸橋轍次博士の本家筋にあたる諸橋田龍、岩田正巳画伯の父・愛山などと交流があり、土屋竹雨らが参画した漢詩専門誌「東華」を通じて中央の詩壇でも発表していた。

 展示される作品すべてが大橋家の所蔵品で、松外の作品は山水画に自作の漢詩を添えた自画讚の作品、交流のあった文人たちとの合作など絵画が中心。コレクションは書が中心で、曹洞宗の僧侶で文人でもある山田寒山が「松外先生」、諸橋田龍は「松外仁兄」と為書きしており、交流の様子が垣間見られる。美江子さんの夫・昭五さんが漢詩の釈文を作成して添えている。

 小学校1年生まで松外と暮らしていたという美江子さんは「いつも紋付袴姿でそれ以外の姿を見たことがありません。初めての曾孫で大変かわいがられ、私にとってはいい祖父でした」とその人柄を紹介していた。

 企画展を働きかけ、11月10日(土)に講演した岡村鉄琴新潟大学教授は「伝統的な山水画を得意とし、明治に入って廃れていった書のついた日本画、南画を描き続けた文人。全国区の著名詩人に直接指導を仰ぎ、その証拠が残っているということも珍しい」と松外について話し、「当時の村長、教育長など名士と呼ばれる人たちが当たり前にもっていた漢詩の素養。その時代の写し鏡、また、和風建築が少なくなった今だからこそ、多くが掛け軸となっている作品を見てもらいたい」と来場を呼びかけていた。
                                               (外山)


 2018年11月09日本紙掲載