「最後の1人まで支援」痛切に
三条市では31世帯、77人、東日本大震災黙とう、献花
 
 
 
 東日本大震災から8年目を迎えた3月11日、新潟県の三条市総合福祉センターでも犠牲者を悼み、被災地の復興を祈る黙とう、献花が執り行われた。三条市では震災後の3月16日から震災や福島第一原発事故で被災した人たちを受け入れ、現在も77人、31世帯が市内で暮らしている。

 3月11日の前後に追悼式典や避難して市内で暮らす人たちの交流会などを開いてきたが、昨年から黙とう、献花で祈りを捧げている。この日は避難して市内で暮らす人たちや市民有志ら40人ほどが参列し、震災発生時刻の午後2時46分から黙とう、代表者の佐竹紀さん、國定勇人市長の代表献花に続いて、献花し、静かに手を合わせた。

 佐竹さんは、市内に避難してきた人やボランティアで作る、さんじょう∞ふくしま「結」の会の代表で、「早かった8年間という気がしますし、復興を待つ中ではなかなか時間がたたない8年間でした。三条市が『最後の1人まで支援します』という基本方針で支援してくれたことを痛切に感じました」と話した。

 8年を契機に、自宅のある福島県南相馬市小高区へ戻る予定だったが、昨年12月24日に妻・清枝さんが急性硬膜下出血、くも膜下出血で倒れ、同月29日に急逝。自身も脳梗塞を患った経過もあり「個人的には感慨深い8年で、『最後の1人まで支援』という終始一貫した考えに、これほど今回ほど安心したことはありません」と佐竹さん。

 7月には清枝さんの墓が完成し、12月には自宅のリフォームも終えることから、三条市と南相馬市を行き来する生活を送る予定で、佐竹さんは「お世話になった事への結返し」だと、総合福祉センター内の交流ルームひばりの活動や、高齢者向けの気功教室など徐々に復活させるほか、南相馬市の避難元にも「結返し」をしたいと話していた。
                                               (外山)


 2019年03月12日本紙掲載