震災からの早期復旧で人口衛星「しずく」打ち上げに貢献「地場産業のみんなががんばったおかげ」
燕市吉田法花堂 (株)吉田工業
 昨年3月11日に発生、東日本の広い範囲に甚大な被害を及ぼした東日本大震災は、我が国の宇宙開発の中枢、茨城県つくば市、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究・実験拠点である筑波宇宙センターにも大きな影響を与えた。

 震度6強の揺れで、多くの研究設備が壊滅。「1日スケジュールが遅れれば数千万円の予算が飛ぶ」といわれる国家プロジェクト・人工衛星の打ち上げの遅れを取り戻すべく、震災直後のサプライチェーンの崩壊、電力不足、放射能問題などで国全体が混沌とした4月から5月にかけて、工場などで使われる集塵設備やクリーンルームの設置などを行っている燕市吉田法花堂、(株)吉田工業(吉田徳夫社長)が、JAXAの依頼で研究設備の早期復旧に尽力。

 JAXA側の提示した難しい工期に大手が次々と断念。手を引いていく中、果敢に手を挙げ取り組んだ同社の見事な働きにより、無事、大きくスケジュールが狂うことなく5月18日(金)に種子島宇宙センターから気象観測衛星「しずく」が打ち上げられることとなった。

 打ち上げを前にした年度末の3月29日、東京都千代田区丸の内、JAXA東京事務所で、震災からの復旧に尽力した11社を表彰。名だたる大手企業が居並ぶ中、出席した同社の吉田智専務が表彰状を受け取り、受賞者代表としてあいさつ。一昨年6月に小惑星イトカワから貴重なサンプルを持ち帰り地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の快挙以来、一層注目されているJAXAからの依頼を実際に受け、地元企業の技術力を知らしめるきっかけとなった吉田専務に話を聞いた。 
                                               (細山)

 5月18日に、種子島宇宙センターからH―UAロケット21号機で韓国の衛星とともに打ち上げられる第1期水循環変動観測衛星「しずく」は、JAXAが取り組んでいる、人工衛星を利用した地球環境の変動を長期的に観測するプロジェクト「地球環境変動観測ミッション」の一環として打ち上げられるもの。高性能マイクロ波放射計を搭載する「しずく」は、降水量、水蒸気量、海洋上の風速や水温、土壌の水分量、積雪の深さなどを観測。長期観測することによって、水循環や気候変動の監視とそのメカニズムを解明することが期待されている。「しずく」は第1期の衛星としてプロジェクト全体の足掛かりとなる重要な役割を担っている。

 5年以上、地球を周回、24時間、観測を続ける「しずく」は、打ち上げの加速度、振動、音響、衝撃に加え、宇宙空間に入ってからも熱によるゆがみなど、過酷な環境にさらされる。そのため、この過酷な環境に耐えるような入念な試験を行うのが筑波宇宙センターの機能。ここで実験を行い、種子島に輸送、打ち上げられる。

 今回、同社が復旧したのは、同センター試験棟内の音響試験設備。試験は空気中の塵や埃が一定以下に厳しく管理されたクリーンルームで行う必要があるが、この設備が震災で破壊された。クリーンルームは「しずく」がすっぽり収まる面積約10メートル四方、高さは約14メートル。

 設備の復旧が遅れれば、試験のスケジュールが乱れ、打ち上げが遅れることを懸念したJAXAは、震災直後の3月末から4月上旬にかけて、実績のある業者にクリーンルーム復旧を依頼。しかし、高い精度が必要とされ、厳密な検証実験のために時間を要する試験設備に関わらず、「納期は5月末まで」という厳しいスケジュールに対して、当初、打診していた大手企業が次々に断念。JAXA担当者がたまたまホームページ上で見つけて、依頼したのが同社だった。

 依頼したのは4月8日。「午後3時ころでしたね」と電話を受けた吉田専務は、当時をそう振り返る。電話を受けた直後は、「JAXA」と言われても、スケールの大きさにピンとこなかったという。「直接JAXAから電話がかかってきて『できますか』って。『できないこともないですが』と答えると、『夕方までに見積もりを出してくれ』と。そこで納期が5月までと知り、全然時間がなかったんです。でも、『やりましょう』と」。

 大手が手を引く中、同社が受注できたのは、簡易型クリーンルームの存在。厳密さが求められトラブルを嫌う大手とことなり、顧客が求める精度を徹底的にリサーチし、顧客と試行錯誤しながら、必要なレベルでの基準を満たすことを念頭に、過剰な精度を省き、低コスト・スピード施工を図る同社の技術とコンセプトによるもの。

 クリーンルームは大手・中小問わず、ものづくりの現場ではニーズの大きい分野だが、設備投資の予算が厳しい中小企業では、同社の得意とする「簡易型」の引き合いが高まっており、社内に技術やノウハウが蓄積していたことも実現の大きな要因となった。「とはいえ、14メートルの高さは初めてでしたね」。

 それでも、吉田専務には成功する確信があった。「お客さんが何で困っているかしっかり聞き出せれば、必ず、対応策は提案できる。今までの経験をもとに、お客さんが納得するものを一緒に向き合って作っていくのがウチのやり方」。

 昨年4月のサプライチェーンの崩壊の最中、打ち合わせに出席するためのガソリンが確保できない状況で、特に部品や資材の確保は困難を極めた。「本当に手に入らなくて、全国を探し回りました。仮設で使えるものでも探し回って。なんとか手に入れたエアコンも仮設のものです。各取引先の業者さんにも、かなり無理をして協力してもらいました。『JAXAからの依頼だ』ということで、あちらも『聞いたことがある。よし、やろう』と。もちろん公からの仕事なので、本当は、構造計算や材料強度計算を厳密にしないといけないんですが、事情が事情なのでJAXA側にも『なら、この計算だけで』と柔軟に対応してもらったのも助かりました。本当に私たちの力だけではなくて、JAXAも、ほかの企業さんも、みんなが全力でやってきた感じです」。

 そのあと、吉田専務を含む5人の社員で現地に赴き1週間で施工。関東地方では原発事故による放射能汚染が深刻化していた最中。「ここで食ってるもんもダメだろうなと思いました」と吉田専務は当時を振り返り笑う。そして、「これは社長とも話しているんですが、今回、ウチで作った部品を1つも使っていないんです。私たちは施工と設計だけ。いろんな業者に手伝ってもらった。これは、燕や三条、見附の地場産業のみんなががんばったおかげだと思います」。

 2012年04月19日春季特集号掲載