産業振興、観光も 役割の幅広がる
燕三条地場産業振興センター開設から30周年
 公益財団法人燕三条地場産業振興センターが今年5月、設立から30年を迎える。新潟県の三条市と燕市、両市の商工団体、そして新潟県が出資し、国内有数の産業集積地として知られる燕三条地域の人・技術・情報の高度な交流結合を図り、新商品・新技術の開発の契機となる中核機能と、地域文化の活性化を図るための各種機能を併せ持った組織として設立。産業と観光の重要な拠点となっている。

 昭和63年5月にメッセピア、平成11年3月にリサーチコアが竣工し、平成22年には、名称を当時の「新潟県県央地域地場産業振興センター」から、現在の「燕三条地場産業振興センター」へと変更した。平成28年には道の駅にも登録されて観光面での役割は大きくなり、今年度からは海外販路支援部を設け、海外展開を目指す地場企業の支援にも力を入れるなど、期待される役割は幅を広げている。

 昭和61年6月、地場産センター建設準備室を設置し、同年11月、財団法人新潟県県央地域地場産業振興センターを設立。用地取得費を含めて37億9540万円の巨費を投じてメッセピアの建設工事に着手し、1年半後の昭和63年5月にメッセピアが竣工した。

道の駅化でにぎわう物産館 30年を目前に、藤澤浩一専務理事は、「OBも含めて、役職員全員が地域の皆さまに育ててもらいながらここまで来ることができた」と感謝の言葉を口にする。藤澤専務は、今年度から専務理事に着任しているが、30年前は県の財政課で商工労働部を担当し、地場産センターの設立も見てきた。「燕三条のブランド力が上がってくるのと合わせて洗練してきているという感じを受けました」と地域のブランド力を引っ張るだけでなく、地場産センターが地域のブランド力に引っ張られているとの認識を示し、「地場産センターに求められているのは専門性と継続性、それからネットワークづくり、そこをこれからも追求していかなければいけないのかなと思います。こものづくりメッセは4回目で1万人越えれからの10年、組織を引っ張っている職員が定年を迎えます。その次の世代に上手に引き継いでいくことも求められます」と、今後の10年も見据え、持続的に地場産業の振興に資する態勢を整えたいと話す。

 30年の中でも、特にここ5年は、地場産センターは大きく変化してきた。国内販路開拓では、平成26年にスタートしたものづくりメッセが昨年4回目を迎え、来場者数は1万人を越えるなど定着してきた。「入口の目標、来場者数は達成したので、次は出口。ただ、出展している皆さんの話では、いろんな方から見てもらって、話を聞けてということで好評を頂いています」と、継続することで一層の定着を図るとともに、今後は、ものづくりメッセを通じての成約件数などについても注視しながら、地場企業が仕事を得るイベントとして一層展開させていく。

ジェトロと共催した越境ECビジネスワークショップ そして、今年度からは海外展開支援にも力を入れる。「人口減少時代に入っている中で内需は細っていきます。海外に販路を求めるということは、地場産業の生き残り策として避けて通れない部分だと思っていまして、今までスポット的に取り組んできたものを、体系的、戦略的に取り組まなければいけない。その先導役になるのが当センターなのだと思っています」と、来年度には5年後の燕三条地域にかかる海外戦略ビジョン、その実現に向けたアクションプランを策定する。

 そして、大きかったのが平成28年3月の道の駅燕三条地場産センターとしてのオープン。以降、物産館の売上は右肩上がりで、昨年4月から9月末までの今年度上半期の売上は2億4048万6754円と、前年同期比14・30%の伸びを見せている。昨年3月に洋食器センターキタローが閉店したことも追い風となっているが、道の駅化により、メディアへの露出、以前にはなかった客層の来館も増えている。「今年度末でも、前年対比で10%以上の伸びを見込んでいます。職員には、商品知識を十分に蓄えてもらって、お客さまから質問があった時にはすぐに答えられるようにしています。お客さまの求める商品をお勧めできるようにもしています」。

 地場産業支援という役割だけでなく、観光振興の役割も増してきた燕三条地場産センター。燕三条地域の持続的な発展を支えていく。  
                                              (石山)

 2018年01月04日冬季特集号掲載